米WIRED Magazineの編集長であり、ロングテールの提唱者として知られるChris Anderson氏がCNN.comに、Googleの無料サービスが反トラスト問題に当てはまる可能性を指摘したコメントを寄せた。同氏は、米国時間の7月7日に新著「FREE: The Future of a Radical Price」を刊行したばかり。これからのビジネスにおいてコンテンツや製品、サービスなどが無料化されていく可能性を説いており、発売前から"無料 (FREE)"をめぐる様々な角度からの議論を巻き起こしていた。そのような中でAnderson氏の見方を支持するグループにとってGoogleは無料ビジネスの理想的な成功例という存在だったのだが、当のAnderson氏が独占の可能性の問題を提起したからフリー論争は大混迷である。Googleもこの騒ぎを見過ごせなかったようで、10日に独占の可能性を打ち消す声明を公開している。

ロングテールに続いてフリー論争を巻き起こしているChris Anderson氏

Anderson氏のコメントは、Christine Varney氏がブッシュ政権時代の米司法省(JOD)で、Googleがオンライン広告での優位性を利用してインターネットで独占的な立場を築こうとしているという懸念を表明したことの紹介から始まる。そのVarney氏が今年5月に、オバマ政権でJODの反トラスト問題担当責任者に任命されたのだ。

「独占的でも合法的に築き上げられていれば違法ではないが、その力を使って他の市場で不公正な利益を上げれば該当する可能性はある」(Anderson氏)。直近の大きな例としてOS市場におけるMicrosoftのWebブラウザのバンドル問題を挙げ、そして「今日、Googleが検索と検索広告でMicrosoftと同様の支配的な立場にある。では、その何が制限されるべきだろうか?」とGoogleの問題を切り出している。

同氏が問題としているのはGoogleの反トラスト法違反の可能性ではなく、ネット時代における反トラスト法の定義である。JODの基本姿勢は「競争を妨げ、消費者に害を及ぼすような市場支配の排除」である。ただWebはまだ新しい分野であり、市場の境界にもあやふやなところがある。オンライン広告市場でGoogleの存在は目立つものの、米広告市場の売上げ全体でのシェアは約3%だ。またWebにおいてユーザーはワンクリックで異なるサービスを利用できる。反トラスト法で問われる"ロックイン"や"参入障壁"は見られない。

消費者はGoogleのサービスを歓迎している。Googleの無料は、「2つ買えば、1つ無料」とか「おまけ入り」のような前世紀の無料とは意味が異なる。基盤の整ったデジタルサービスの限界費用(Marginal Cost)は極めて低く、同社のサービスでユーザーやWebページが1つ増えてもコストの増加は微々たるものだ。そのため宣伝文句ではない、本当の意味での"無料"を実現している。だからユーザーはGoogleのサービスを好んで利用し、そして無料に満足している。

ただしGoogleが極めて大規模な無料サービスを実現できるのは、オンライン広告があるからだ。「競争相手は、そんな金の卵を産む鶏を持っていない。それでも公正と言えるだろうか?」とAnderson氏。競争相手がコスト割れするほど追い込まれるという点では、1980年代の米国市場における日本メーカーのメモリー・ダンピング問題に似ているという。たとえば数年前までWebメール市場にはユニークなサービスが色々出てきていた。だが、Gmailのようなメジャープレイヤーの無料サービスが定着した今日、同分野でスタートアップが単独で頭角を現せるとは考えにくい。

「小さな会社のみ無料を認めて、大規模な会社は除外すべきなのか?」「無料の力を他の市場に活かすのを禁止する市場シェアはどの程度なのか?」などの質問を続けた上で、Anderson氏は「(Varney氏は)保護が必要な市場を見分けるだけでなく、その方法も解き明かさなければならない。タフな仕事に直面している」としている。

消費者は無料を歓迎するが……

Googleの反論まで全て書くと長くなり過ぎるので割愛するが、面白いのは支配的な製品を他の製品に結びつける手法が反トラスト法に反すると認めている点だ。ただし、抱き合わせではなく、ある製品を単独で無料提供しているのみで、何かの購入を要求していなければ、反トラスト問題には含まれないとしている。「競争法は消費者のためのものであり、競合する企業のために存在するのではない。また消費者の視点から、無料製品の素晴らしさを疑う声が出てくるとは到底考えられない」(Senior Competition CounselであるDana Wagner氏)というのがGoogleの論調だ。

Anderson氏とGoogleの言い分だけでも、無料をキーワードに実に様々なポイントがあり、その一つ一つからさらに議論が枝分かれしているから収拾がつかない状態になっている。たとえば実業界からダラス・マーベリックスのオーナーであるMark Cuban氏が参戦。無料は消費者を惹きつけるが、後に少しでも料金を設定するとユーザーの好印象がバッシングに変わるとし、無料で始めたら無料以外の選択肢がなくなると指摘している。

このような混乱の原因はAnderson氏のコメントの仕方にある。視点を変えながら問題を提起するのみで、まとめてはいないのだ。そのため「盲目の6人と象」のような状況になっている。盲目の6人が、ぞれぞれ手を使って象の正体をつかみ取ろうとする話で、まず体に触れた人は「壁」と思う。続いて牙を触った人は「槍」、鼻を触った人は「蛇」、足を触った人は「木」、耳を触った人は「うちわ」、そして尻尾を触った人は「ロープ」と答える。いずれも誤った印象ではないが、象という全体像には至らない。Anderson氏が予測する"FREE"は象のような大きな存在であり、Googleが反トラスト問題に問われる可能性は、その大きさの証と言える。ただ議論の多くは盲目の6人のようにいくつかの側面から解釈するのみで、なかなか全体像にたどり着けない。同氏がVarney氏の仕事をタフと言う所以である。

ではAnderson氏は、これからのFREEをどのように捉えているのか? 次回は、Anderson氏の著作におけるFREEをテーマにしようと思う。