今年で2回目となるGoogleの開発者カンファレンス「Google I/O」。深刻な不況に新型インフルエンザも重なって、実はそれほどの盛り上がりを期待はしていなかったのだが、今回は参加して本当に良かった。楽しそうなD7を選んでいたら、あやうく大きな悔いを残すところだった。

Google I/O初日の基調講演でGoogleはHTML 5推進支援を表明した。講演の最後に、約4,000人の参加者にSIMアンロック版のAndroid携帯電話を提供するというサプライズを発表。あまりの太っ腹ぶりに「モデルチェンジのタイミングで在庫処理か!」と思ったが、受け取った箱を開けたらHTC Magicベースの新モデルではないか。しかも30日間有効、データ無制限、通話2,000分のSIM付きで、早速Cupcake版のAndroidを試せる。

だから参加して良かったというわけでは……あるのだが(笑)、HTC Magicはもらい損ねて悔いが残るというほどではない。

Android携帯プレゼントを発表したGoogleエンジニアリング担当VPのVic Gundotra氏は、同時に翌日の基調講演でさらに大きなサプライズがあると予告した。もちろん、その時点で誰もが「2日目も朝早くから会場に来てもらうための宣伝だろ」と思った。だがビッグサプライズは本当だった。

2日目の1時間20分にわたる基調講演の全てを、Googleは開発中の個人向けコミュニケーション/ コラボレーション・ツール「Wave」のプレビューデモに費やした。デモ中の会場はWaveを理解しようと静まりかえっていた。そして終了と共に客席を埋めた約4,000人の開発者が総立ちになって拍手をした。IT関連のイベントで、こんな光景を目の当たりにするのはiPhone発表以来だ。自宅に戻ってからGoogle公式ブログの書き込みを読んだが、基調講演会場で感じた潮目が変わる瞬間に立ち会っているというような雰囲気は伝わってこなかった。デモを見ずに、ただブログを読んでもWaveが何なのかもよく分からないような気がする。Waveを広めるには語り部が必要であり、その意味で1つのツールを1時間半にわたってデモした基調講演は特別だった。WaveがGoogleの思惑どおりの大波に成長するとしたら、震源は今年のGoogle I/O会場にいた4,000人だったということになる。

ネット・コミュニケーションの壁を取り払うWave

Waveの開発チームはGoogleマップの開発で知られるLars Rasmussen氏とJens Rasmussen氏の兄弟が率いている。

ネットユーザーのコミュニケーション手段というと、電子メールとインスタントメッセンジャー(IM)が主流である。前者は手紙、後者は電話というアナログ時代のコミュニケーション手段をインターネット向けに模倣したものと言える。それがインターネット世代になると、ブログやSNS、Wiki、ファイル共有、写真・ビデオ共有などを好む。結果、20代、30代、40代で使用しているコミュニケーション・ツールやサービスにズレが生じる。特にネット世代のツールはサービス個々の独自色が強く、電子メールのような相互運用性がないため、IM以降はサービスごとにもユーザーがグループ化されている。

今日のオープンなコミュニケーション・ツールである電子メールは基本的に1対1でメッセージを1通ずつやり取りする

Waveは1人から複数の柔軟なコミュニケーションを実現する

このような歴史を振り返り、ユーザーが分断化している現状の打破を目的にWaveの開発は始まった。基本的にWaveはグループを作って会話のようにメッセージをやり取りするツールであるが、電子メールユーザーは電子メールのように、IMユーザーはIMのような作業フローで、そしてSNSユーザーはSNSのように違和感なく利用できる。その上でWaveならではのコミュニケーションを楽しめる。APIを通じた機能拡張も用意しており、基調講演ではスペルチェック機能や複数言語への翻訳機能、さらに外部APIを通じたブログやSNSなどとの連携などが披露された。

中央のinboxの中身はメッセージ単位ではなく、メッセージのやり取りをまとめた会話(Wave)単位。1対1のやり取りで始めたWaveに途中から他の人を参加させることも可能

プレイバック機能でWaveのやり取りを最初から再現できる。過去のメッセージの確認、途中から参加した人がこれまでの経緯を確認する際などに利用する

反応の速さもポイントの1つだ。リアルタイムであっても、IMでは相手がタイピングして送信をクリックするのを待たされる。Waveではタイピング中の文字がそのまま相手の画面に反映される。これをコラボレーションに活かせば、複数の人が1つの文書をリアルタイムで同時に編集し合える。デモでは、1つの文章に英語、中国語、ヘブライ語を使って4人が同時に文章を書き加えて見せた。

Waveの画像共有機能。デモではローカルフォルダからWebブラウザへのドラッグ&ドロップも実演された

Waveのコラボレーション機能

文脈も読み取るWaveのスペルチェック機能

WaveをTwitterと連携させるエクステンション

壮大すぎるビジョンは受け入れられるか

新しいコミュニケーション・ツールの敷居を感じることなく誰でも入っていけて、例えば電子メールユーザーでもWaveを使いながら自然にIMのようなリアルタイム・コミュニケーションにも馴染んでいける。その上で、Webサービスとの連携、各種ドキュメントのサポート、Webアプリ対応など、インターネットならではの効率的なコミュニケーション/コラボレーションを実現する。どのように使うかはユーザーと、そのコミュニケーション相手次第である。

Wave最大のポイントはプロトコルがオープンソース化される点だ。Google以外のWaveシステムが登場し、電子メール同様に異なるWaveシステムとの間でもWaveを使ったコミュニケーションやコラボレーションを行えることを意味する。つまりWaveは、IM以来オンライン・コミュニケーションに存在するサービスやツールの間の壁を取り払うきっかけになり得る。ChromeやAndroidと同様、Webを前進させるための技術をオープン化するGoogleならではの戦略であり、これは基調講演でスタンディングオベーションを引き出した最大のポイントとも言える。

ACME Waveという異なるWaveシステムとの間でWaveメッセージを交換

デモを担当したLars Rasmussen氏

ただ説明を読んだだけでWaveの革新性を感覚的に把握するのは難しい。その背後にあるビジョンも壮大だ。一方でオープンシステムゆえに、開発者コミュニティに見向きされなかったらWaveは夢のまま潰えてしまう。非常に初期の段階であるにも関わらず、Googleが1時間半もの時間を費やして今回プレビューデモを披露した所以である。この日のデモの様子はWaveのサイトで公開されているので、開発者の方、そして開発者ではない一般ユーザーの方も、ぜひ一度ご覧になっていただきたい。