皆保険制度のない米国では日本に比べて、多くの家庭にとって医療費が重荷である。医療費を抑えるために一般用医薬品 (大衆薬) が頼りにされ、予防目的で伝統薬に関心を持つ人も多い。また国土が広く、健康に関する問題をインターネットに頼る傾向が強まっている。だからネットでの一般用医薬品の通信販売を一部を除き禁止する改正薬事法の議論は、対岸の出来事でも考えさせられるものだった。

Pew Researchが昨年夏に公開したレポートによると、ブロードバンドを引いている米国の一般家庭の実に78%がオンラインで医学関連の情報を検索していた。ネットは、一般の人が医学情報を得るソースとして完全に定着している。その一方で便利なWeb検索の浸透と共に、自分が重病であると思い込む人が増えているという調査結果もある。利便性と安全性を秤にかければ、安全性が優先されて然るべきで、米国においても従来の医学書や説明書のようなWebページでは不十分という見方が優勢。ネットを通じて正しい医学知識を分かりやすく伝えるための取り組みが求められているのが現状であり、Webのデジタルメディアとしての可能性が問われている。

そこで今回はスタンフォード大学出身の3人がサンマテオに設立したAptureというスタートアップを紹介しよう。CEOのTristan Harris氏は24歳。設立からまだ1年半という若い会社だが、Webサイトにマルチメディア情報を表示するユニークな技術で注目されている。

音楽をストリーム再生する音楽記事

Aptureの効果を知るには、"百聞は一見にしかず"で体験したもらった方が早いだろう。例えば昨年サンフランシスコで開催されたOutside LandsにRadioheadが出演したのを、Aptureがサンプル化した記事だ。記事内の「Radiohead」という単語をクリックすれば、WikipediaのRadioheadの説明文がポップアップし、会場の「Golden Gate Park」をクリックすればGoogleマップがポップアップする。他にも「15 Step」のクリックでimeemから音楽が再生され、「All I Need」のクリックでYouTubeからのライブ映像が現れる。これらは新しいぺージや新しいタブではなく、小さなポップアップ・ガジェットという形で表示されるため、読者は記事を読む作業を遮られることなく関連情報を確認できる。

Aptureの技術デモ記事はポップアップ・アイコンだらけなので、実際の活用例も紹介しておこう。国外退去を強制する際に向精神薬を処方していた問題を取り上げたWashington Postの記事だ。医療記録や関連メモなど、カギとなる資料のみがポップアップ表示されるようになっている。

同様のサービスを提供するPanels.netはコンテクスチュアル・データが人または企業に限られるが、Aptureはテキスト、写真、オーディオ、ビデオなどWeb上に存在するあらゆるメディアを扱える。Webサイトの内容に合わせてApture独自のアルゴリズムが表示する情報を選別するセマンティックWeb技術をベースとしているものの、SnapやSmartLinksのように完全自動化されているのではない。どのような情報をどのような形で表示させるかという最終判断はパブリッシャーが下す。読者がポップアップの乱発や関連性の薄い情報でうんざりしないように、パブリッシャーが読者の記事を読む体験を完全にコントロールできるツールであるのが大きな特長だ。そのためHarris氏はAptureをセマンティックWebではなく、Hyper-relevant Web技術と呼んでいる。ポップアップというと、ネットユーザーの間では勝手に広告を表示する邪魔な存在として定着しているが、上記のWashington Postのように丁寧にデザインされていれば、Aptureは読者が考察を深めるツールとして機能する。

ブロガーは無料でAptureを利用できる。ただし無料サービスの場合は内部のデータを使えないなどデータソース指定の幅が狭まる

ぺージに束縛されるWebのメディア力

テキストと写真のページのリンクで始まったWebページは、本や雑誌だけではなく、今やラジオやテレビの代わりにもなる。ただメディアとしては、それぞれの形式にまだとらわれている。Web"ページ"と呼ばれるように、特に印刷物の代わりのイメージが色濃く残っている。これはメディアとしては未熟だ。テレビの歴史に置き換えれば、劇場でのショーを1、2台の固定カメラで、そのまま番組化していた、ごく初期にすぎない。テレビを通じて多くの人がショーを楽しめるけど、観客と同じ視点からの番組では劇場での体験を超えられない。複数のカメラからの異なるカットを合わせた映像編集、様々なデータと映像の組み合わせなど、テレビのメリットを活かした番組制作を通じて、テレビは観劇に劣らない価値を視聴者に提供し始め、メディアとして開花した。あらゆるタイプのWebコンテンツを組み合わせてWeb情報の価値を引き上げるAptureに接していると、Webサイトも同様ではないかと思えてくる。

話を元に戻そう。前出のPew Researchのレポートによると、健康情報を日常的にインターネットで調べている家庭の比率をブロードバンドとナローバンドで比べると、ブロードバンドがほぼ倍の数字になる。人々は写真やビデオを含むより深い医学情報をWebに求めている。翻って、今日のWebのメディア力はどうだろう。豊富な情報に簡単にアクセスできるものの、関連書籍や大衆薬の説明書といい勝負ではないだろうか。ユーザーが情報の本質を直観的につかめるとは言い難い。それでは、たとえ大衆薬のネット販売で副作用の説明を読むステップを課したとしても、情報伝達力という点では薬局を訪れるほどの体験には至らない。Webはフラットなページを超える必要がある。

「セマンティックWebこそWeb 3.0」と言う人もいる。"3.0"なんて言葉を使うと「鬼が笑う」という感じなのだが、Webのメリットを活かし、Webのメディアとしてのユニークさを開花させる時期に、そろそろさしかかってきたように思う。AptureのようなWebにおける新たな情報の伝え方・見せ方をサポートするプラットフォームが出てきているのは、その兆候と言える。