1月27日に米国で新譜「ワーキング・オン・ア・ドリーム」をリリースしたブルース・スプリングスティーンが、昨日行われたスーパーボウルのハーフタイムショーに登場した。そして今日2日は、4月1日から始まるツアーチケットの発売日である。つまり「1月27日新譜発売 → 2月1日にスーパーボウルで盛り上げて → 2月2日ツアーチケット発売開始」なのだ。なんとも周到な音楽ビジネスである。

それでは、スプリングスティーンらしくないと批判しているのではない。それでも昔と変わらず幅広い層から支持されているからスゴい。たしかに、「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」以前のスプリングスティーンだったら、わずか20分のハーフタイムショーでは演奏しなかったという人もいる。だが、それはスプリングスティーンの一面である。メッセージ色の強い、どちらかというと気むずかしいアーティストと思われがちだが、昔からスプリングスティーンはエンターテイナーだった。自身の音楽とメッセージを、きちんと音楽ビジネスに乗せてファンに届ける柔軟な一面も兼ね備える。内面を吐露した恐ろしく暗いアルバムを作ったかと思うと、ボーン・イン・ザ・U.S.A.を絶叫したり、突然テレビに出はじめたりと支離滅裂のようだが、結果的にはファンを飽きさせないし、ファンから嫌われてもいない。だから、今でも大手ラジオネットワークから音楽へのこだわりの強い地方局まで、幅広いラジオ局でかけられている。

スプリングスティーンは今でもミュージシャンそしてエンターテイナーとして、リスナーに認知され、リスナーに音楽を届ける方法を考え続けているのだろう。当然、今やCDというパッケージでは十分にリスナーに届かないことを心得ているはずだ。だからイメージとは裏腹にデジタル配信にも敏感である。07年に大手ラジオネットワークのClear Channelともめた「Radio Nowhere」をiTunes Storeで無料配信し、昨年はハロウィーンに「A Night With The Jersey Devil」のMP3版を無料ダウンロード提供した。さらにオバマ・コンサート出演や今回のスーパーボウル・ジャック等々、今日のリスナーとつながるための努力を積み重ね、それらがちゃんとリスナーに受け止められているのがスプリングスティーン人気の理由ではないだろうか。

音楽ビジネスとしてCDに固執するばかりで、ミュージシャンがエンターテイナーであることを忘れている音楽レーベルやミュージシャンは、スプリングスティーンを見習うべきである。

CD販売を支えたのがAC/DCにブリトニー・スピアーズって……

Appleとソニーの10月-12月期決算は音楽販売という点では対照的だった。Appleがクリスマスの週を中心に過去最高の音楽販売を記録したのに対して、Sony Music Entertainment (SME)はCD販売の下落と為替の悪影響から米ドルベースで売上が前年同期比22%減。ソニーは景気減速も理由のひとつに挙げていたが、iTunes Storeの業績を考えると消費者のCD離れが最大の理由だろう。その原因がオンライン配信にあるかというと、オンライン配信なら何でも成功しているわけではない。iPodやiPhoneがユーザーに新しいエンターテインメントを提案しているからこそ、iTunes Storeは好調なのだ。

その点でソニーの決算発表では売上減以上に、同四半期のヒットタイトルとしてAC/DC、ビヨンセ、ブリトニー・スピアーズなどの作品が挙げられていたのが気になった。新鮮味がないというか、音楽的な話題性や刺激に欠ける。これではCDが売れていないというのもうなずける。CDの売上げが落ち込むと新しいアーティストを掘り出したり、成長をサポートするシステムが機能しなくなるとレーベル側は主張しているが、肥大化した音楽ビジネスから新しい才能は登場しているだろうか。これはSMEだけではなく、4大レーベルのいずれにも共通する問題だ。米国時間の5日に予定されているWarner Musicの決算も注目である。

話題のMuxtape、復活してはみたものの……

27日にMuxtapeが2.0となってサービスを再開した。MuxtapeはユーザーがアップロードしたMP3ファイルのプレイリストを、ストリーミングで再生・共有できるサービスとして昨年3月に始まった。話題性は高かったが、すぐにRIAAからクレームがつき、同年8月にライセンス交渉のためにサービスを停止した。

再開したバージョン2.0は以前とは随分と異なるサービスである。音楽をアップロードできるのはミュージシャンだけ。ユーザーはミュージシャンがアップロードした楽曲からのみプレイリストを作成できる。つまりミュージシャンが自らの楽曲をプロモーションする場として機能する。プレイリストのストリーミング再生は無料。ビジネスモデルは広告ではなく、例えばダウンロード販売や関連グッズ販売、ソーシャルネットワーキング機能などの付加機能を備えたサービスを有料にする計画だという。

Muxtape。カセットテープを扱うようなサービスのシンプルさは1.0の頃と変わらない

なんだかMySpace Musicと同じようなサービスで、しかも登録ミュージシャンからのアップロードのみという厳しい制限付き。これでは先行き明るいとは言い難い。開発者のJustin Ouellette氏はメジャーレーベルの曲をMuxtapeユーザーが利用できるようにした上で、付加機能で勝負したかったようだ。ところがレーベル側はCD販売に代わるようなビジネス規模をストリーミングサービスに想定して、莫大なライセンス料を要求してきた。結局ギャップが埋まらず、交渉決裂である。「現在のストリーミング・プローモーションの価値はレーベルが要求する金額ほど成長していない。MySpaceのような巨大なコミュニティでなければ、レーベルの要求に対応できない」と、Ouellette氏は米New Yorker誌に不満を爆発させていた。

そのMySpaceは1月15日、インディレーベルを収めるNettwerk Music Group、INgrooves、IRIS Distribution、RoyaltyShare、Wind-up Entertainmentなどとの契約を発表した。SNSと無料音楽ストリーミングを融合させたMySpace Music開始以来、メジャーレーベル重視で、インディレーベルをなおざりにしているというユーザーの不満が噴出していた。その批判に、ついに応えた形だ。

だが1月末にカンヌで行われたMIDEM(国際音楽産業見本市)のレポートや、参加したレーベル経営者のブログなどを読むと、どうも実状は異なるようだ。MerlinのCharles Caldas氏のように、形だけのインディ対応で、実際にはメジャーとインディを同列に扱っていないことからMySpaceとの契約を見送ったというインディレーベルが目立つ。また企業が広告予算を削る中、レーベルが求める金額を広告費だけでまかなうビジネスモデルでは危うすぎて参加できないという指摘もあった。

個人的にはSNSベースで500万曲以上の楽曲カタログの無料音楽配信を実現したMySpace Musicを評価しているし、今後の展開に期待もしている。ただ、いまだに過渡期を受け入れられないメジャーレーベルのビジネス規模が可能性の重しになっているのが残念だ。Muxtapeのような、リスナーをエンターテインするのに懸命なサービスにチャンスをもたらす価値に早く気づいてほしいところである。