11月23日にYou Tubeが「YouTube Live」というライブイベントをサンフランシスコで行った。YouTubeで活躍している有名人やブロガーを集めたライブショーであり、その様子をYouTube初生放送としてストリーミング配信した。出演者は、Joe Satriani、Will.I.am、Akon、Soulja Boy、Tell'Em、Katy Perry、Mythbusters、Jon M Chu、MC Hammer、Chad Vader、Bo Burham、Mike Relmなど。地元で行われるから一度は会場に行こうかと思ったが、会場で体験したら普通のコンサートと変わらない。ここはYouTubeで見るべきと、土曜の午後5時にYouTubeにアクセスした。

正直なところ「ふ~~~ん、YouTubeのライブイベントか……」という程度の期待だったのだが、これが予想外に面白かった。映像と同期したMike Relmのターンテーブル使いや、YouTube Live会場に到着するまでを記録したFredの新作ビデオ、Myers Brothersのカップ立て、ビジョナリー賞を受賞したQueen Raniaのコメントビデオ等々。一般的な知名度のある有名人の予想通りのパフォーマンスよりも、YouTubeコミュニティ界隈でしか知られていないアーティストやブロガーの方が格段にひねりがあって面白かった。「Part concert, part party, All YouTube」というサブタイトルがついていたように、まさにYouTubeコミュニティの祭典として楽しめた。ただそれ故に、現在YouTubeが直面しているカベも浮き彫りになった。

YouTube初の生放送「YouTube Live」。生中継だけにプレイヤーは画質と音量を変えられるだけ

生中継中はメインステージのほか、バックステージとオフステージにカメラを切り替え可能

※なお東京でもYouTube Liveが行われたが、サンフランシスコ版とはイベントの狙いが合致していないように思えた。太平洋を距てたYouTubeコミュニティのお祭りイベントになれば、さらに面白そうだったが、その点は今後に期待である。

収益ではHuluに抜かれつつあるYouTube

今年に入ってYouTube幹部があちこちでストリーミングサービス提供の準備を進めていると発言していたため、YouTubeでのストリーミングライブ自体は自然な流れとして受け止められていた。問題は、なぜこのタイミングなのかだ。

可能性のひとつとして事前に指摘されていたのが、ストリーミングサービスの正式発表だ。YouTube Live会場で、YouTubeが自前のストリーミングサービスを発表、もしくはライブストリーミング・プラットフォームの買収または提携を発表するのではないかと見られていた。相手先としてUStreamを筆頭に、Mogulus、Justin.TVなどの名前が挙がっていた。

結果から言うと、新サービスや提携の発表はなかった。YouTubeはシンプルにコンテンツデリバリーネットワーク(CDN)を利用した模様だ。この点についてはMogulusがブログで、Ustream.TVのようなライブストリーミングプラットフォームは80万を超えるような世界中からのストリーミングを扱った実績がなく、YouTube初のライブショーを任せるにはリスクが高いとコメントしている。ちなみに同社がAkamaiのデータを分析したところによると、YouTube Liveのピーク時のストリーム数は約70万だったそうだ。

YouTube LiveがYouTubeのストリーミングサービス発表の場でなかったとなると、次に考えられるのはライバルの牽制である。

オンラインビデオのビジネスモデルに関して最近、Screen DigestのアナリストArash Amel氏の分析が様々なところで取り上げられている。それによると2008年のYouTubeの広告収入の見通しが1億ドルであるのに対して、News CorpとNBC UniversalのジョイントベンチャーであるHuluは7,000万ドル。2009年はどちらも1億8,000万ドル規模の広告売上げが予測している。ただし9月のユニークビジター数を比べると、YouTubeの8,300万人に対してHuluは600万人である。視聴者規模を考えると、ユーザー生成コンテンツ(UGC)を中心とするYouTubeよりも、プロ作品だけを提供するHuluの方が広告主に強くアピールしているということになる。

この傾向はYouTubeのMost Viewed (All Time)にも現れている。トップ20にプロ作品が占める割合が減少することなく増加し続けている。UGCが入っても、プロ作品を下敷きにしているケースが多い。ビュー数だけを比べたら、アマチュアのオリジナル作品は大苦戦しているのだ。だからといってUGCよりもプロ作品の方がコミュニティで高く評価されているというわけではない。ただ予算が注ぎ込まれたプロ作品のブランド力、そしてマーケティング努力が確実にビューにつながっている。一方、UGCのレベルはピンキリであり、優れた作品であってもコミュニティ内で目に止まらずに埋もれてしまう可能性もある。オンラインビデオサービスを使えば少ないコストで作品でディストリビューションできるものの、ビュー獲得に予算の違いが如実に反映されているのが現実である。

このままではYouTubeの基盤であるUGCがメインストリームから外れてしまう。この状況をなんとかしようと、YouTubeは優れたコンテンツを提供する一部ユーザーをパートナーとして重んじ、YouTubeプラットフォームで収益を上げられる仕組みを用意した。"一部のスターと大多数のボランティア"と皮肉られることも多いが、UGCの優れた作品にスポットライトを当てる仕組みによって、プロ作品とのギャップが埋められつつある。それは、今回のYouTube Liveの充実ぶりでも証明された。

予測できないライブストリーミング

YouTubeがHuluのようにプロ作品を配信するためにストリーミングを用意するのか、それともUGC作品の新たな公開手段とするのかは現時点では分からない。YouTube Liveを見た限りでは、ピラミッドの上部にあるプロと"一部のUGCスター"のためのサービスになるように思える。AdWeekに掲載されたYouTube CMOのChris Di Cesare氏のインタビューを読むと、Lionsgate、Guitar Hero(Activision)、Flip、Virgin Americaなど今回のYouTube LiveのスポンサーはYouTubeのイメージに合致する企業を厳選した模様だ。たとえばGuitar Heroは、9才のパーフェクトスコアがYouTubeの人気コンテンツとなっている。Virgin Americaは、YouTube Liveにあわせて機内インターネットのデモ飛行を行い、大空からのコミュニティ参加をアピールした。このような、コンテンツ作成者、コミュニティ、広告主の3者すべての利益となるWin-Win効果へのこだわりは、UGCを軸とするストリーミングサービスを期待させるものである。

ただしYouTube Live直前の絶妙のタイミングで、ライブストリーミングの行方を左右しそうな事件が起こってしまった。米フロリダ州在住の若い男性がウエブカメラの前で大量の薬を飲み、自殺を図る様子の一部始終をJustin.tvで生中継したのだ。これはオンデマンドにはない、ライブストリーミングのインパクトを広く一般に知らしめたが、もちろんポジティブな形ではない。何が起こるか予測できない、ユーザー参加型のライブストリーミングのリスクのみを浮き彫りにした。YouTubeがUGCのためのライブストリーミングを考えているとしたら、荒波への船出になる。