Windows Vistaのエディション比較など、MicrosoftのWebサイトのような詳細な情報が掲載されている「Microsoft Store」

米Microsoftが英国、ドイツ、韓国、そして米国で直営オンラインストア「The Microsoft Store」をオープンさせた(日本版は11月18日開設)。WindowsやMicrosoft Officeなどのソフトウエア、ゲーム機/ ゲームソフト、マウスやキーボードなど、すべてのMicrosoft製品が並ぶ。ソフトウエア販売ではパッケージ版のほか、購入後すぐに入手してインストールできるダウンロード版が用意されている。プロダクトキーは各ユーザーのアカウントにオーダー情報と共に保存され、ダウンロードしたファイルを失っても、その製品のメインストリームサポートが終了 (通常、製品リリース日から5年)するまで何度でもダウンロードして再インストール可能。プロダクトキーの紛失やディスク破損で購入したソフトを無くす心配のない安心・便利なサービスである。ただし便利ゆえに、既存のチャンネルパートナーの驚異になる可能性をはらんでいる。

Microsoftは2004年にWindows Marketplaceというオンラインストアを一部地域で提供し始め、06年からダウンロード版の販売を開始したが、Marketplaceは試験運用の意味あいが強かった。今回は正式ストアであり、それゆえにElectronic Software Distribution (ESD)による直販の可能性を開拓する意思表明のように映る。パートナーとの関係づくりを重視するMicrosoftがなぜ今、直営オンラインストアなのだろうか?

Microsoft Store & Marketplaces担当のゼネラルマネージャーLarry Engel氏は、Microsoft Store提供の理由を「one voice and one experience」と説明する。Windowsユーザーの中には、Microsoft製品に対して特に信頼を寄せる人がいる。そのようなMicrosoftを重視する人たちに対して、Microsoft製品専門のストア(one voice)で、通常の小売店では得られないような詳しい情報を用意し、購入からライセンス管理までエンドツーエンドのユニークな買い物体験 (one experience)をサポートするのがMicrosoft Storeだという。同氏は既存の販売チャンネルとの競合も認めるが、Microsoft Storeを通じてユーザーの選択肢の幅が広がり、ユーザーの満足度の向上が従来の小売りチャンネルも刺激するとしている。またMicrosoft Storeではメーカー小売り希望価格 (MSRP)で販売し、基本的にディスカウントは行わないそうだ。そのため「小売店は、特別価格やディスカウント、またはMicrosoft Storeが扱わない製品を含む幅広い品揃えを武器にMicrosoft Storeと競争できる」と、健全な競合実現を強調する。

Windowsの世界を広げるESD

Microsoft Storeで319.95ドルで販売されているWindows Vista Ultimateの市場価格を調べてみると、多くのオンラインストアが同じ価格で販売しているが、Amazon.comでは260.49ドルだった。よく探せば、Microsoft Storeよりも、ずいぶんと安く手に入れられる。これなら既存の小売りパートナーも生き残れそうだが、これでは逆にMicrosoft Storeを提供する意味がないようにも思えてくる。

その点については、MicrosoftのシニアプログラムマネージャーであるTrevin Chow氏がブログでESDを焦点としたコメントを公開している。ダウンロード版のメリットとして同氏は前述のプロダクトキー管理のほか、パッケージや配達を必要としない環境への影響の少なさ、さらにネットブック(Netbook)やミニノートPCのような光学ディスクドライブを備えないデバイスへのインストールしやすさを挙げる。

たしかにiPhone/ iPod touchにApp Store、AndroidにAndroid Marketと、スマートフォンにあわせて専用ストアが登場するご時世である。PCだけディスクによるソフトウエア流通にハードウエアがあわせていたら恐竜化しかねない。Windowsの世界を広げるという意味で、MicrosoftがESDを用意するのは自然な流れに思える。

Googleとの競合もone voiceに修正?

"one voice"は、マンネリに陥るのを防ぎ、革新を促す一手なのだろう。例えばZune戦略だ。ZuneにおいてMicrosoftはPlaysForSureをサポートせず、Zune専用のメディアプリケーションを提供し、専用のオンライン音楽ストア/ コミュニティを構築した。片方でWindows MediaとWindows DRMの輪を作りながら、自らその輪に加わらない。非常に矛盾しているように思えたが、ZuneはFMラジオやWi-FiなどZuneデバイスの特徴をオンラインストアに結びつけたり、検索技術を融合したりするなど、Microsoftならではの機能やサービスとの組み合わせが付加価値になっている。

Windows MediaをすべてのPCユーザーが楽しめるメディア形式としてサポートしながら、Microsoftならではのユニークなサービス (Zune)も提供することで、似たような機能・サービスに陥りがちなWindows Media採用ベンダーを刺激する。各ベンダーがそれぞれに独自色を打ち出した方が、デジタル音楽にとっては好ましい。PlaysForSureの輪をZuneでけん引するのではなく、"one voice、one experience"にとどまるのが大切だった。

逆のケースだが、PDCでのMicrosoftのオンラインサービス戦略にも同様の印象を受けた。Windows 7ではネットサービス統合が強化される。ただしLiveだけに限定するのではなく、ユーザーが利用している他のネットサービスにも幅広く対応する。WindowsがMicrosoftのサービスを利用するためのOSになってしまうとWindowsの市場を狭めてしまう……その点を受け入れたのだろう。

そのためか、Azure発表前あたりからGoogleに対するMicrosoftの対応が変わったように思える。オンライン広告市場で無理にGoogleと争うのではなく、共存共栄できる部分ではGoogleを受け入れる。Microsoftとしてはクライアントを含めてネットユーザーの基盤である点を強化したほうが得策である。ネットユーザーがWindowsを使っている限り、Googleもまた、Windowsのエコシステムを快適にしてくれるパートナーのひとつなのだ。実際Googleは、ユーザーの大半がWindowsユーザーである事実を受け止めて、昔も今もWindowsを手厚くサポートしている。まずはコンシューマOSとしてWindowsが認められるのが肝要であり、その上で、"one voice"としてMicrosoft製品と組み合わせた時のユニークな利用体験もユーザーにアピールする。

一つひとつは矛盾しているように思えるが、ここ最近のMicrosoftは"one voice、one experience"で一貫している。しかも、それらがちゃんとユーザーにとって心地よい刺激になっているのだ。