昨今の景気低迷が大統領選にも色濃く影響し始め、現政権である共和党への逆風が強まるばかりだ。国民が"不安"を嫌う機運が高まり、ペイリン氏を副大統領候補とした奇策も裏目になりつつある。わが家の周りに限定すれば、オバマ/ バイデンのステッカーを貼る車、メッセージボードを掲げる家が増え続けている。ここカリフォルニアでは大統領選の緊迫感が和らぐ一方で、エレクションデーの話題はProposition 8 (以下Prop 8)の諾否に移りつつある。通常シリコンバレー企業は政治的な争いに首を突っ込むのを好まないが、Prop 8に関してはGoogleとAppleが公に"反対"を表明。テクノロジー産業にも論争が波及している。

Propositionとは住民投票にかけられる法案である。カリフォルニア州の住民は毎年、エレクションデーに議員選挙と共に、数多くのPropositionの諾否に1票を投じる。Propositionの場合、"YES"か"NO"のどちらかだ。議員選挙よりもはっきりと意見が対立する上、内容によっては宗教や倫理観の違いなどを反映した難しい問題になる。今回さわぎとなっているProp 8は、まさにその1つ。今年6月にカリフォルニア州最高裁によって認められた、同州における同性結婚を禁止するための法案なのだ。住民投票でProp 8が認められれば、最高裁判断が覆され、男性と女性の間での結婚のみを有効とする条文が州法に書き加えられる。

米国の議員選挙では、テレビCMや新聞広告などを通じて対立候補の欠点をとことん批判する非常にダーティーな選挙宣伝が行われるが、Proposition投票も同じだ。Prop 8の場合、学校から帰ってきた子供から「今日、同姓同士で結婚できると学校で習った」と報告された母親がショックを受けるというテレビCMを賛成派が流した。すかさず反対派が、現場の教師を引っ張り出して「適当な年齢に達していない児童に結婚問題について教えることはありません」と訴えさせる。こんな応酬が騒ぎをさらに大きくしている。

メッセージボードやステッカーを掲げる住民数ではNo on 8の方が多いが、テレビCMなどはYes on 8の方が目立つ

GoogleやAppleが同性結婚に意見を述べる必要性に疑問を持つ人は多いと思う。ただ、この問題で両社が懸念しているのは同性結婚の否定ではなく、行動や選択の自由に対する制限なのだ。例えばGoogleは公式ブログで「インターネット企業として、情報アクセス、テクノロジー、エネルギーなどのポリシー討論には積極的に参加する」とした上で、「民主と共和、保守とリベラル、あらゆる宗教そして無宗教、ストレートとゲイなど、Googleは多様な人々、そして意見が集まる場である。そのため我々のフィールド外の問題、特に社会的な問題については見解を示さないようにしている」という。同姓結婚もその1つであり、「議論のどちら側のグループにも、尊重に値する信念がある」と認めている。しかしながらProp 8のような解決策については、「平等に関する問題と受け止めている」という。政府による個人の生活への侵害の可能性、差別的な問題を引き起こす可能性などを挙げた上で、人々の基本的な権利は奪われるべきではないという考え、社員への影響などから、Prop 8への反対にふみ切った。

Appleの見解も概ね同じだ。Appleは10万ドルを「No on 8」キャンペーンに寄付。米国での報道によるとGoogleはLarry Page氏が4万ドル、Sergey Brin氏が10万ドルを寄付した。

数で勝る賛成派、セレブで勝る反対派

現時点でProp 8投票の行方は予想しにくい。Public Policy Institute of Californiaが10月22日に公開した有権者調査の結果によると誤差3%の範囲で、反対が52%、賛成が44%となっている。しかし調査担当者は、現時点で五分五分であると見ている。平等を問えば反対が多数になるものの、個々が同性愛者に抱く感情の影響は予測しにくい。Prop 8を支持するProtectMarriage.Comは、反対派のNo on 8の倍以上の支持者から寄付金を集めていると主張する。実際、賛成派の宣伝を目にする機会の方が多い。だがNo on 8は、より多くの有名人やセレブの支持を集めている。例えばブラッド・ピットが10万ドル、スティーブン・スピールバーグ/ ケイト・キャプショウ夫妻が10万ドル、デビッド・ゲフィンが10万ドル、T.R.ナイトが5万ドルなど。企業では電力会社のPG&E、Levi Strauss & Co.、MTV Networks/Viacomなどが反対支持を表明。これらがことごとくニュースになるため、互角の勝負となっている。

冬の時期の過ごし方が革新に

個性が人気につながる有名人やセレブと違って、知名度の高い企業が政治的な問題に見解を述べるのはリスクが高い。どちらかを支持すれば、逆側のカスタマーを失う可能性があるから、テクノロジー産業で政治問題に踏み込むのはタブーだった。Googleの場合、Prop 8に反対しているのに、Prop 8賛成派がGoogleの広告サービスを利用して主張を広めている。矛盾しているじゃないかという非難もある。

それでも、なぜ意見を述べるのか? Googleに至っては、今回の大統領選でCEOのEric Schmidt氏とチーフ・インターネット・エバンジェリストであるVint Cerf氏が、研究開発分野への影響を理由にオバマ候補支持を明らかにした。企業と個人は違うとは言え、これまた矛盾しているように思える。このようなモノ言う企業や企業リーダーを懸念してか、ProtectMarriage.ComはNo on 8を支持する企業に対して、賛成派に同額の寄付を行わないと従来のユニオンに敵対する企業として公に糾弾すると警告した。ところが、その翌日にAppleがNo on 8への寄付を発表した。おかまいなしである。

テクノロジー産業における、このような動きについては起業家のJudy Estrin氏の意見が的を射ているのように思う。同氏はイノベーションが自然発生することはなく、リサーチ、開発、アプリケーションの相互作用を生み出す努力の結果だと主張する。これを"イノベーション・エコシステム"と呼ぶ。企業リーダーに対して、短期間の金銭的な成果ばかりを追求せず、長期的な経済成長のために必要な変革をいかに生みだし、加速させるかを念頭に、現実とイノベーションのギャップを縮める努力が必要だとしている。つまりビジネス、教育、政治に及ぶビジョンがなければ、本当の意味でのイノベーションは実現しない。内容によっては、その中に法案や政治的リーダーの支持も含まれる。この考えをGoogleなどの動きに結びつけるのは自分でも少々安易に思える。ただドットコムバブルがはじけた後にGoogleが現れたように、シリコンバレー企業は冬の時期にこそ、アイディアとイノベーションを生み出す力を発揮する。景気低迷の影が色濃くなる昨今、モノ言うシリコンバレー企業の登場が頼もしく思えるのも実感なのだ。