8月22日~24日にサンフランシスコで「Outside Lands Music &Festival」という音楽フェスティバルが開催された。初日から順にヘッドライナーはRadiohead、Tom Petty & the Heartbreakers、Jack Johnson。ほかにもBeck、Many Chao、Ben Harper、Primus、Wilcoなどが並ぶ豪華なラインナップだった。Bonnaroo、Lollapaloozaなど春・夏の音楽フェスティバルが林立する中、開催前には「これ以上、新しい音楽フェスティバルはいらない」というネガティブな反応も目立った。ただOutside Landsの場合、"体験の共有"をテーマの1つにしていた点で、他の音楽フェスティバルとは少々異なる。AT&Tが無料Webキャストでライブの様子を配信し、CrowdFireを通じた専用のソーシャルネットワークサービスが用意されるなど、ネット時代の音楽フェスティバルという試みになっていた。

数日間にわたる音楽フェスティバルというと、昔は開催場所がへんぴな場所というのが相場だった。有名なフェスティバルは、参加しにくさを含めて伝説化しているものが多い。たとえばウッドストックは、マンハッタンから車で2~3時間の距離だが、単なる原っぱである。近くに駅やバス停などはない。車を持っていない場合は、近くの街まで長距離バスで行き、そこから会場までヒッチハイクか、地元の農家の人に頼み込む、または延々と歩く。とにかくアクセスが悪く、着くまでひと苦労だった。着いたら着いたでキャンプ施設など整っていないから、水や食料、トイレ、寝る場所の確保に大わらわだ。しかも69年同様に、94年も豪雨に見舞われた。数万人を集めて寝泊まりさせるには劣悪で危険すぎる環境だった。ただ、そんなサバイバーみたいな状況だったからこそ、今でも貴重な体験として記憶に刻まれている。ほかにも真夏に砂漠のど真ん中で行われるアートフェスティバル「Burning Man」も同様だ。

Outside Landsの場合は、まったく逆である。会場はサンフランシスコ市のど真ん中(Golden Gate Park)。市バスが会場のすぐ横に停まる。「公共交通機関で行けるフェスティバル」がアピールされていた。夜は自宅か、市内のホテルに戻れる。地獄のようなキャンプをくぐり抜ける必要はない。ウッドストックのような強烈な思い出は残らないだろうが、チケットさえ買えば、誰でも苦労することなく参加できる。誰でも"体験"できる音楽フェスティバルなのだ。

ゴールデンゲートブリッジの南に位置する4.8×0.8キロの巨大な公園「Golden Gate Park」がOutside Landsの会場

体験共有の輪は会場の外にも広がっていた。まずAT&TがBlueroomを通じて、一部のミュージシャンの演奏を無料Webキャストで配信した。アーカイブ後に再度配信が開始される予定だ。

また地元Federated MediaがOutside Landsで、ライブ体験のオンライン共有サービス「CrowdFire」をスタートさせた。メンバーは会場で携帯電話やモバイル機器を使って撮影した写真、ビデオをアップロードでき、それらのリミックスも可能。最新情報を携帯電話などに配信するサービスも提供している。また会場にいないメンバーも現地の雰囲気を味わえるように、ライブをストリーミング配信するウイジェットやメッセンジャーサービスを用意している。Federated Mediaを率いるJohn Battelle氏は、「1人が多数に、多数がさらに多くへライブ体験を伝えるサービス」と説明している。

2日目、Tom Petty & the Heartbreakersが演奏している時のCrowdFireのユーザー分布

Radioheadを無視してGuitar Heroに熱中

CDの売上げが下落するなか、音楽業界はビジネスモデルの転換を迫られている。音楽販売は宣伝と割り切って、ライブや派生するビジネスから収益をあげるのも、その1つだ。より多くの人がフェスティバルを体験できるのを目標としたOutside Landsは、ビジネスの軸がライブ寄りにシフトした時代のフェスティバルと言える。

その成果はというと、サンフランシスコ市のど真ん中での巨大音楽フェスティバルには疑問符がついた。周辺住民からの苦情がスゴかったのが理由の1つ。また誰でも気軽に参加できるコンサートは多くの体験者につながるものの、会場の緊張感を薄めるようにも思えた。初日最後にRadioheadが演奏している間でも、XboxのテントではGuitar Heroの音が鳴りやまなかった。あの雰囲気でゲームを選べるんだから、もともと音楽には興味がないのだろう。ただコンサートイベントをきちんと評価してもらうには、観客をふるいにかける必要もあるのではないだろうか。たとえば69年のウッドストックは雨によるスケジュールの遅れで、最後のJimi Hendrixが登場した時には観客の多くが会場を後にしていた。実際に演奏を見た人は少なかったのだが、その強烈なパフォーマンスは語り継がれ伝説化している。

CrowdFireについては、参加者の視点が反映されて素直に面白いと思った。94年のウッドストックでBob Dylanが登場した時、曇り空が突然晴れわたって、まるでステージに自然のスポットライトが当たっているような奇跡的な30分になった。ところが後でビデオで見直しても、まったく奇跡的なステージに見えないのだ。おそらく現地で豪雨と泥にまみれた数時間を経た後でなければ、あの雰囲気は味わえないのだろう。そんな現地の熱がCrowdFireからは伝わってきた。ただ、これは希望的観測も含む少々大げさな評価である。まだまだ投稿は少ないのが現状で、CrowdFireのような試みから伝説が語り継がれるには、もっとモバイルインターネットの人同士を結ぶツールとしての価値が認識される必要がありそうだ。