ライセンス侵害訴訟は経済的な被害に基づいて争われるのが一般的だ。では、経済的な被害が見えにくいオープンソース"ライセンス"ではどうなるのか。改変されたコードがライセンスに従ってきちんと公開されていなくても、残念ながら著作権侵害を問うのは難しいのが現状だ。ところが米国時間の8月13日、米国連邦巡回控訴裁判所がオープンソースの役割や社会貢献、その著作権確立の必要性を特筆する判断を下した。

問題のケースはJacobsen v. Katzerと呼ばれている。原告は、カリフォルニア大学の教授で、オープンソースソフトウエアグループ「Java Model Railroad Interface (JMRI) 」を率いるRobert Jacobsen氏。同グループは「DecoderPro」というプログラミングアプリケーションのコードを「Artistic License 1.0」下で公開している。使用・改変・再配布においては、著作者名およびJMRIの著作権、COPYING、オリジナルソース(JMRI/ SourceForge)に関する情報、改変内容などの表示が必要になる。ところがKamind AssociatesのMatthew Katzer氏がダウンロード入手したDecoderProのデコーダ定義ファイルを、ライセンス条件となっている情報を付記せずにKamindの「Decoder Commander」に使用していることが分かり、Jacobsen氏が著作権侵害と配布差し止めを求める訴訟を起こした。

KamindはDecoderProの使用を認めており、訴訟では著作権侵害と差し止めが認められるかが焦点となったが、昨年8月にカリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所で下された判決はオープンソース・コミュニティにとって厳しい内容だった。同裁判所はArtistic Licenseの規約を、「ライセンスの取り決め」ではなく、「契約条件」に相当すると判断。Jacobsen側の提訴は著作権侵害の具体的な被害ではなく、契約違反に基づいているとした。さらに同ケースでは「契約違反が深刻な損害を与える可能性が低い」として差し止め請求を認めなかったのだ。

商業ソフトでも非排他的なライセンス供与契約を結んだ時点で、著作者がライセンシーを著作権侵害で訴える権利を放棄することになる。トラブルがあれば契約違反が問われる。オープンソース・ライセンスも非排他的なライセンス契約と考えれば、著作権侵害を問えないというのが地裁の考え方だ。これを不服として、Jacobsen側は控訴裁判所にアピールした。

契約違反では不十分、著作権侵害へのこだわり

著作権侵害と契約違反には大きな違いがある。著作権法は連邦法であるのに対して、契約違反の問題は州法に照らし合わせた判断となる。そのため権利の確立、損害請求の規模、DecoderProのケースのように差し止めによる救済の基準も異なる。また著作権侵害のケースでは、勝訴当事者が訴訟費用を請求できるが、契約違反の争いでは一般的に双方がそれぞれの費用を負担することになる。オープンソース・コミュニティの今後の成長を考えれば、可能性が低くとも著作権にこだわる必要があるのだ。

控訴裁判所においても、オープンソースライセンスに対する双方の見方が対立した。Jacobsen側はArtistic Licenseの規約は"ライセンスの範囲を定義するもの"であり、その境界を越えた行為は著作権侵害にあたると主張。一方Kamindは、マテリアルを利用するための単なる契約条項に過ぎないと反論。JMRIはインターネットを通じて無償でマテリアルのコードを公開しており、経済的な権利を主張していないと指摘した上で、現行の著作権法は非経済的な権利を前提にしていないとした。

さて、この問題に対して控訴裁判所は、オープンソースに関する十分な事実認識がされていなかったという、これまでになかった視点から地裁判断を覆した。まずオープンソース・プロジェクトにおいて世界中のプログラマがコラボレートすることで、迅速なコード作成やデバッグ、低コスト化が実現すると指摘。オープンソースライセンスでは金銭のやり取りが存在しないものの、「経済に与える潜在的な影響力は従来のライセンス使用料をはるかに上回る」と認めたのだ。複製・改変・再配布の際にコラボレーションの流れを作る条件が課されることで、オープンソースの潜在的な価値が生みだされている。そのため「オープンソース・ライセンシングにおける著作権者は、著作物の改変や再配布をコントロールする権利を有する」とまとめている。

以上のような内容のコメントを付けた上でJacobsen v. Katzerを地裁に差し戻した。ふたたび地裁において今度は、Jacobsen側がArtistic Licenseに従っていると主張する規約がライセンス定義の範囲であるか、さらに差し止めの条件を満たしているかが問われることになる。

オープンソース・ライセンスについて、判事がコメントを残したケースは少ない。DecoderProのケースはまだ決着していないものの、オープンソースの価値や著作権者の権利を認める控訴裁判所のインストラクションは、オープンソース・コミュニティの役割を司法が認めた画期的な出来事として記録されそうだ。

Apple v. Psystar訴訟にも影響?

オープンソース畑での訴訟と見られるJacobsen v. Katzerだが、商業ソフトのEULA(使用許諾契約書)のあり方にも影響するのではないだろうか。規約がライセンスの定義として適当かが焦点となっているのだ。では逆に商業ソフトの使用規約についても、著作権から極端に離れていたり、ユーザーのフェアユースを否定するような条件ならば、ライセンスの定義として不適当と判断されてもおかしくない。

などと考えていたら、Mac OS XをインストールしたPCを勝手に販売しているPsystarから奇妙なメールが送られてきた。同社が販売しているOpen ComputerはMac OS Xがプリインストール状態で発送され、Mac OS Xのオリジナルディスクが付属するのだが、ユーザーによるインストールがサポートされていなかった。つまりOSの再インストールが必要になったら、Psystarに送り返す必要があったのだ。その問題を解決するOS再インストール用のユーティリティディスクが完成し、無料配布するという。ディスクは後日送られてくるのかと思ったら、受け取るには「製品に大変満足している」とか、「Open Computing製品の購入について今後議論する意志はありません」などと書かれた書面に署名して送り返す必要があるという。Psystarは現在、Mac OS Xの使用ライセンス違反でAppleから訴えられている。おそらくMac OS Xの使用をAppleのハードウエアに限定する同社の規約がユーザーの権利を侵害していると主張するのではないだろうか。そんなタイミングだけに、署名した書類が訴訟に利用されるような雰囲気がぷんぷんと漂ってきて、さすがに送り返す気にはなれなかった。

Psystarを支持する気は毛頭ないが、ただAppleのEULAが使用ライセンスとして適当と判断されるかも気になるところ。気をつけないと足下をすくわれかねない。

Psystarから送られてきたユーティリティディスクの申し込み書類。無料なのになぜかクレジットカードの記入が必要。問い合わせたら、購入者と同一であるかを確認するためだという回答