7月20日から26日にインディアナ州リッチモンドでFordの「Model T (T型フォード)」100周年の大規模な記念イベントが開催され、全米からModel Tオーナーが集結した。その様子は「Model T | 100 Years」というFacebookサイトなどで紹介されている。Model Tというと庶民にもマイカーを広げ、米国を車社会に変えるきっかけとなった車である。大量生産によるコストダウンを実現したビジネスモデルでも知られており、100周年をきっかけに情報"ハイウエイ"つながりでネットビジネス界隈でもModel Tを様々な視点から評価する動きが見られる。

大量生産手法が本格導入された初の自動車「Mobile T」

Model T開発でFordは、構造のシンプル化、先進的な素材の導入、部品互換性の確保、流れ作業製造など、コストダウンを徹底した。ヒットの兆候が見え始めると他のモデルの生産を打ち切ってModel Tに力を注ぎ、量産効果を促した。色は乾燥が早いブラックのみ(短期的にブルーやレッドなども少数生産された)。1911年以降、爆発的に生産台数が伸び始め、発売当初825ドル前後だった価格は1925年には260ドルにまで下がった。一時は米国で生産される車の過半数を占め、米国中の道路を黒いModel Tが走った。中古車市場に出回り始めると、より幅広く庶民にとって身近な存在に。鉄道や馬車が中心だった米国の交通インフラに、自動車で走るための道路網が整備されるきっかけとなった。

Model Tの大量生産モデルは今となっては参考にならないが、ミシガン大学ビジネススクールのC.K. Prahalad氏は今年のInteropの基調講演で、逆にModel Tを現在の革新的なビジネスの反面教師として取り上げていた。同氏は今日の価値を創造するモデルを「N=1、R=G」で現す。N=1とは個人であり、パーソナル化した利用体験の必要性を指す。Rはリソース、そしてGはグローバルを表し、R=Gは世界的なエコシステムとなる。例えばGoogleは世界中に億単位のユーザーを抱えながら、個々をユニークなユーザーとして扱い、ユーザーの参加によって価値が生まれる仕組みを用意している。これは消費者をひとかたまりの大きなグループと見て、分け隔てなく同じ車を大量に提供することで社会を変えたMobile Tのビジネスモデルとは大きく異なる。Model Tの頃は企業が価値創造の中心にあったが、今は消費者やユーザーによって価値が生み出される仕組みの創造に視点が移っている。100年前のFordのように、全ての消費者に同じモデルの車を提供するために社内に巨大なリソースを築き上げる必要はない。今はR=Gを促せれば、そこにアクセスするだけのリソースで効率的に社会を変えるようなインパクトを実現できる。

ユーザーの色に染まっていたModel T

逆に、米国経済が減速する中で、今こそModel Tの開発姿勢を見直すべきだという声も数多く見られる。例えば7月27日のNew York Times紙に「A Souped-Up Model T May Have Been the First Mash-Up (Model Tの改良は初のマッシュアップ)」という記事が掲載されていた。Model Tはシンプルなモジュラー構造で、しかも長い期間、基本構造に大きくな変化がなかったため、ユーザーが改造するのに十分な情報が全米中に伝わった。その結果、北ではスノーモービル、中央では農作業車というように、全米各地でユーザーの必要性に応じたMobile Tハッキングが行われた。全米どこでも、そして20年近くも同じだったModel Tは、改造によってユーザー個々のアイディアやスタイルを込められる自由さを兼ね備えていたのだ。これは後のホットロッド文化へと続くことになる。このように考えると、Model TはN=1を実現する車だったと言える。

ここ最近、カリフォルニアの道路からもピックアップトラックやSUVのような大型車が目に見えて減少している。このような車のCMには、キャトルマンハットとカウボーイブーツを身につけた、いかにもアメリカンな男性が登場することが多い。America's Carとして長い間アピールされ、実際に売れてきたのだが、今や日曜大工や子供の送り迎えのためだけに大型車を持てるような状況ではない。それは具体的な数字としてもあらわれ始めており、24日にFordが発表した08年4~6月期決算はガソリン価格高騰による大型車需要の落ち込みの影響で87億ドルの大幅赤字だった。

Model Tをもう一度という声は、アメリカンな車の押し売りではなく、長く米自動車メーカーが忘れていたピープルズカー (Peoples's car)をもう一度ということだ。今なら、例えばパロアルトに自動車の省燃料化を推進するCalCars(California Cars Initiative)という非営利団体がある。ハイブリッド車にバッテリユニットを装着して、電気自動車としての走行を優先させて燃費を伸ばすプラグイン・ハイブリッドの情報などを提供したり、実際にプリウスを100マイル/ガロン以上に改造するプロジェクトなどを手がけている。そのようなユーザーの動きがリソースになるような、ピープルズカーを実現して欲しいということだ。

プラグイン・ハイブリッド化で100マイル/ガロン超を実現するPrius+

Prahalad氏の説とModel Tを初のマッシュアップとする見方は相反するように見えるが、どちらも真である。100年前にR=Gは到底不可能であり、今日の情報技術によって初めて可能になった"変化"だ。ただしR=Gというのはユーザーセントリックな考えであり、それが革新につながるのは、消費者セントリックな経営姿勢からModel Tが誕生した頃から変わらない。