日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)、電気通信事業者協会、テレコムサービス協会、日本ケーブルテレビ連盟などの通信業界4団体が17日に、「帯域制御の運用基準に関するガイドライン (案)」を公表し、同案に対する意見を募集し始めた。現在インターネットでは、一部のヘビーユーザーによる帯域占有が一般ユーザーのネット利用に影響を及ぼしている。中でも違法ファイル交換という問題を併せ持つP2Pソフトが深刻な問題だ。CacheLogic(現Velocix)の調査によると、ISPトラフィックにおけるP2Pトラフィックの割合は2006年に70%を超えた。

すでに一部のISPはトラフィック渋滞対策として特定のアプリケーションやポートの遮断などに乗り出している。しかし帯域制御はやり方次第でネットの中立性の阻害や「通信の秘密」の侵害につながる可能性がある。そこでJAIPAなどが昨年9月に「帯域制御の運用基準に関するガイドライン検討協議会」を発足し、ISPなどが合法的なネットワークの安定運用を実現するためのガイドライン策定に乗り出した。そのたたき台となるのが今回のガイドライン(案)だ。その中では「P2Pファイル交換ソフトなど特定のアプリケーションの通信帯域制御」「ヘビーユーザに対する通信帯域の制限や契約の解除」という二つのケースを取り上げ、帯域制御実施の基本原則、「通信の秘密」との関係、情報開示のあり方などを説明している。

米国でもComcastによるファイル交換ネットワークの利用制限が昨年後半に報道されてから、ファイル共有問題、帯域制御のあり方、ネットの中立性との関係などが活発に議論されるようになった。その上で「帯域制御に関する実態調査結果」を読むと、日米のISPに共通する問題意識が浮き彫りになってくる。ただし、米国では3月14日に通信会社のVerizonが大手ISPとして、これまでとは異なった視点からのP2Pに対する意見を示し、それにより新たな議論が巻き起こっている。

ガイドライン(案)に対する意見提出の期限は4月14日。それに備えてというわけではないが、米国よりも恵まれたネット接続環境にある日本でも、今回紹介するVerizonの意見は参考になると思う。

コンテンツの中身チェックはISPの仕事に非ず

Verizonは、P4P Working Groupのコアメンバーとして、イエール大学やPando Networksと共に新たなP2Pファイル転送システムの実地テストを行っている。P4Pは、これまでピア同士の乱雑な結びつきだったP2Pをトポロジーデータから地理的に整理し、従来のP2Pよりも少ないホップ数で効率的なデータ転送を実現する。優れたデータ管理、ISPのインフラを占有するデータ量の大幅削減が可能になるという。そのテスト結果をVerizonのシニアテクノロジストのDouglas Pasko氏が、ニューヨークで開催中のP2P Market Conferenceで発表した。

Pasko氏によると、P4Pプロトコルではデータの57.98%がISPのインフラに影響を及ぼさないローカルで動いている。一般的なP2Pではわずか6.27%にとどまる。ホップ数は一般的なP2Pの5.5に対してP4Pは0.89。「ファイルを最短かつ低コストのルートで運ぶ新システムによって、われわれのFiOSユーザーのP2Pダウンロードスピードは最大6倍となった。また他のインターネットアクセス技術と比較しても平均で約60%の向上が見られた」とPasko氏。

左からCDN、従来のP2P、P4P

今日のデジタルコンテンツ配信に用いられているCDN(Contents Delivery Network)では、サーバからユーザーに直接配信されるため、ユーザーが多くなるほどにサーバに負担がかかり、全体的なパフォーマンスが低下する。そこでNapsterがサブスクリプション形式のオンライン音楽サービスとなった頃から、大量のデジタルコンテンツの配信には、ユーザーが増えるほどに配信効率が高まるP2Pプロトコルが適していると指摘されていた。

たとえばサンノゼ市で毎年春に開催される映画祭「Cinequest」は、2004年にKontikiのP2P技術を使ったHD品質の映画のオンライン配信を開始した。小規模な映画祭だけにオンライン映画配信にかけられる予算は少なく、また2004年~2005年頃の米国のブロードバンド接続環境はHD品質のビデオ配信に十分な状態ではなかった。それでも通用したのは低コスト・高効率なP2P技術のおかげである。Cinequest Onlineは同フェスティバルが地方映画祭のハンデを克服するきっかけとなった。P2P技術は同様に革新的なサービスを、より大規模なサービスにももたらしてくれる。

Cinequest会場。オンライン映画配信が一般的ではなかった04年に、P2P技術を活用して高画質な映画を配信し始めた

「しかし大手ISPはP2Pを目の敵にしているじゃないか」と思う人も多いだろう。たしかに批判的だが、AT&TはP4P Working Groupのコアメンバーだし、Comcastはオブザーバである。技術的には注目しているのだ。その一方でハリウッドの意向が影響している。今月初めにEdward Markey議員が米下院のEnergy and Commerce Committeeに帯域制御にも関係する法案を提出した。違法コンテンツを排除しながらも、ネットの中立性の観点から合法的なコンテンツの自由なやり取りが保護される内容となっており、ユーザーの視点ではフェアな法案と見られている。これに対して全米映画協会(MPAA)のDan Glickman氏が違法行為を保護するようなものと批判した。ハリウッドを代表するGlickman氏はコンテンツベースではなく、違法行為に用いられるソフトの利用を制限するような強い対策を要求しており、AT&TやComcastなど米国のISP大手の多く、特にケーブル会社はハリウッドに同調している。それがP2P技術がCinequestのようなニッチな採用を超えられない一因となっている。

そのような中でVerizonは、ISPにとっての問題はトラフィック渋滞であり、やり取りされているコンテンツの中身のチェックはISPの仕事ではないという考えを示した。P4P Working Groupには、BitTorrentやLimewireなどハリウッドから敵視されているP2Pサービスがコアメンバーとなっており、敵に与するVerizonというような見方も見られる。ただVerizonがP4Pを評価しているからと言って、BitTorrentなどの価値まで認めているかは微妙なところだ。

P4Pでは、複数のISPやP2Pサービスと連携したより効率的なネットワーク構築も視野に入っている。ただし実現にはトポロジーデータの共有が必要になる。どの業者もユーザー情報の共有には躊躇しそうだ。またVerizon1社の規模でも、ファイル共有に対するユーザーのイメージを払拭し、共有やセキュリティに対する理解を得るのは簡単ではない。P4Pの導入までには、課題山積みというのが現状。それでもインターネットの成長を長い目で考えれば、現時点でP2Pの可能性を認識する大手ISPが存在するのは大きな意義となりそうに思える。