"未来のカフェ"の実験が行われているサンフランシスコのTully'sに行ってみた。店内はWi-Fiホットスポット、そしてTableTouchが開発した「News Table」が設置されている。

News TableはWindows XP搭載のPCが組み込まれたコーヒーテーブルで、タッチスクリーンの液晶ディスプレーに指で触れて操作する。Microsoftが開発する「Surface」に機能は及ばないが、同じ市場を目指した製品といえる。PCだからOSやアプリケーションのアップデートで新たな機能の追加が可能だ。TableTouchはサンフランシスコの地元紙San Francisco Chronicleと提携しており、Tully'sのNews Tableには同紙のWebサイトSFGate.comが提供するニュース記事、ローカル情報やローカル広告などが表示される。

San Francisco Chronicleとの提携を聞いた時は、実に的を射たアイディアだと思った。というのも、ここ数年、新聞をほとんど買っていない。5~6年前は毎朝、仕事の前にNew York Timesを買ってカフェで隅々まで読むのが日課にしていたのに……だ。行きつけのカフェが遠くなったという理由もあるのだが、よりスピーディーに、そして継続的にニュースを入手できるWebが主な情報源となっているのが大きい。ただ朝の30分にカフェでコーヒーを飲みながら、まったりと新聞を読んでいた時間を懐かしく思う気持ちもあり、ノートPCを持ち込まなくてもオンライン版の新聞を読めるのは便利じゃないか……と思ったのだ。また、ここ数年の新聞の話題と言えば、販売部数減や人員削減ばかりで、オンライン版を新たな収入源としている例は少ない。News Tableのように従来にはない読者との接点を開拓するのは、新聞の新たなビジネスモデル作りの第一歩になるように思える。

スマートぶりを感じさせない、とても普通な・・・いや、むしろチープなデザインの「News Table」

News Tableは想像していたよりも小さくて、しかも安っぽかった。店内に入ったら目の前に置いてあったのに気づかなくて、「もう撤去しちゃいましたか」と店員に聞いてしまったほどだ。

ホーム画面と新聞の記事画面は以下のような感じだ。New York TimesのTimes Readerのように新聞のようなレイアウトで表示されるので読みやすい。記事を選んでから表示されるまでの動作は少しもたつくが、いらいらするほどではない。新聞リーダーとしては合格点ではないだろうか。Bluetooth対応のヘッドフォンを持っていれば、記事の音声読み上げも利用できる。

Tully'sに設置されているNews Tableのホーム画面

記事画面はWebサイトよりも新聞に近いレイアウト

使ってみた感じは、残念ながらまったりとした新聞読みの充実した時間は再現されなかった。Tully'sのスタッフに聞いたところ、人気の方はどうも今ひとつらしい。News Tableを目的にやってくるお客さんはほとんどいないそうだ。そもそもNews Tableの狙いはニュースや記事をネタにグループでわいわいと楽しんでもらうことにあり、そのため最初は店の奥の方に設置していた。ところがNews Tableの記事でグループが盛り上がるという状況にはならなかった。友達数人でカフェに来てたら話題に事欠くことはないだろうから当然か……。普通にコーヒーテーブルとして使われるばかりではもったいないので、レジの近くに移したそうだ。飲み物を作っているのを待つ人がNews Tableの記事を読むという訳だ。しかし、それだけのために1台4,500ドルのスマートテーブルはもったいないような気がする。

ブックリーダを買うだけで本を読む気に……はならない

米国時間の2月4日からサンフランシスコで始まったISSCC 2008の全体セッションで、Samsung Advanced Institute of TechnologyのCEO、Hyung kyu lim氏がスマートラージスクリーンの可能性に言及した。

PC並みの処理能力やストレージを装備し、ネットに接続する高解像度の大型液晶スクリーンだ。過去にPC産業はパソコンそのものをリビングルームに持ち込もうとして失敗を繰り返してきたが、考え方を変えてリビングの主役であるテレビをPC技術で強化する。カギはユーザーインタフェースであり、講演ではモーションセンサーでユーザーの動きを捕らえてセカンドライフのような仮想世界を通じてパートナーとダンスを踊ったり、3Dキャプチャーでユーザーの体型をアバターに反映させて試着する様子を見せていた。

「カギはユーザーインタフェース」というところまでは「ふむふむ、なるほど」という感じなのに、アプリケーションが仮想世界でいきなり違和感である。仮想世界に将来がないと言うのではないが、それを今のユーザーがスマートラージスクリーンに求めることかというと疑問符が付く。

Samsungが提案したスマートラージスクリーン

今年のMacworldの基調講演直後に、Apple CEOのSteve Jobs氏がNew York TimesのインタビューでAmazonのブックリーダ「Kindle」についてコメントしていた。「製品の良し悪しではなく、問題は人々が読書をしなくなったことだ」「読書数が1冊以下だった米国人が昨年は40%だった。人々が本を読まなくなったのだから、そのコンセプトには最初から不備がある」と述べたそうだ。

News Tableを使ってみて、その言葉の意味が実感できた。自分を含めて、人々が新聞を読まなくなった今、スマートテーブルで新聞がそのまま再現されても、やはり読まないのだ。スマートテーブルやスマートラージスクリーンで、新たなユーザーインタフェースを用いてユーザーと情報の新たな接点を設けようとするのはわくわくするアイディアだ。その可能性は否定しない。ただ同時にアプリケーションが重要になる。その点で個人的にはMicrosoftのSurfaceには期待している。その理由はISSCCのMicrosoft Researchのセッションレポートでお伝えする予定だ。

"未来のカフェ"というと、米国おいてAppleはStarbucksと提携して、一部のStarbucks店舗で「iTunes Wi-Fi Music Store」を利用できるようにしている。「Starbucksでわざわざ音楽を買う人がいるのかな」と懐疑的だったのだが、こちらは使ってみたら意外と魅力的。重要なのはiPhoneやiPod touchでiTunes Wi-Fi Music Storeが使えることではなく"音楽"なのだ。Starbucksセレクションが面白いからこそ、iTunes Wi-Fi Music Storeにも関心が高まる。またStarbucksは同サービスを導入した店内に37型ぐらいの液晶ディスプレーを設置し、店内にかかっている曲の情報やビデオ、iTunesでのアクセス方法などを店内にとけ込むように流している。このレガシーなテレビでのサポートがなかなか効果的で、店内にいるときの話題にもなりやすいし、テレビ画面を見てからiPhoneを取り出す気になることもある。店内でのお客さんの過ごし方をよく研究した上での顧客志向のサービス。さすがStarbucks(とApple)である。

「iTunes Wi-Fi Music Store」に対応するStarbucks店内に設置されている液晶ディスプレー