サンフランシスコを中心に、ベイエリアには南にスタンフォード、東にUCバークレーという著名なリサーチ大学が存在する。前回はUCバークレーがYouTubeチャンネルで開始した講義のオンライン配信を紹介した。日本にいながらUCバークレーの講義を体験できるのだから画期的なプログラムと言える。だが、同校の気前よさに空しさを感じた人もいるのではないだろうか。

講義という貴重なコンテンツを無料公開できるのだから、学生が高い学費を支払って大学に在籍する価値はコンテンツ以外のところにある……と言える。学位やGPA(平均グレード)などの記録、在籍することで得られる人脈などなど。ベイエリアの大学ならば、シリコンバレー企業との交流もその1つである。

講義がWebで公開される時代であっても、知識を武器とするためにシリコンバレーの大学に通う価値は以前と変わらない。しかも相変わらず狭き門であり、他の地域に比べて学費や生活費の負担も重い。より高いレベルを求めるほどに、能力と経済力の条件が厳しくなる。日本から眺めるシリコンバレーは遠く言葉の壁もあるが、同じように多くの米国のエンジニアリング専攻の学生がシリコンバレーに距離と壁を感じている。

などと考えていたら、サンノゼ州立大学のThe Charles W. Davidson College of Engineeringがミシシッピ州立大学のJames Worth Bagley College of Engineeringとユニークなプログラムを発表した。

博士課程を持てないサンノゼ州立大の苦悩

両校の合意によると、来年の春から博士課程コースを持たないサンノゼ州立大学のエンジニアリング専攻の学生が、同校で研究を続けながらミシシッピ州立大学のカレッジ・オブ・エンジニアリングの博士号を取得できるプログラムが設けられる。両校はWebキャストとテレカンファレンスシステムで結ばれ、サンノゼ州立大学にいながら学生はミシシッピ州立大学にいる担当教授とコミュニケートし、各種リソースにアクセスできるそうだ。一方ミシシッピ州立大の大学院生には、サンノゼを訪れて講義を受けたり、インターンとしてシリコンバレー企業で働くチャンスが与えられる。

サンノゼ州大の情報にミシシッピ州大の学生もアクセス可能に

サンノゼ州立大が州を越えたプログラムに乗りだした背景には、およそ40年前に作成されたカリフォルニア州の大学システムの"マスタープラン"が影響している。同プランは博士課程のプログラムを提供できる大学をUniversity of Californiaを中心とした10校に制限し、学費が手頃なCalifornia State Universityは学士および修士課程の教育を専門とした大学とした。当時、このように役割を明確にすることで人材育成と研究開発を効率よく実現しようとしたのだ。

ところが40年の間に、シリコンバレーは未曾有の発展を果たした。人材育成を目的とした州立大学のエンジニアリング・プログラムも高度になり、学費が手頃なこともあって優れた学生が集まるようになった。現在、サンノゼ州立大学のカレッジ・オブ・エンジニアリングは学士課程に約3,000人、修士課程に約2,000人の学生を抱えている。シリコンバレー企業に最も多くの人材を供給し、大学院の学生はほとんどがシリコンバレー企業で働きながら通っている。博士課程への進学希望者も多く、優秀な人材が高度な研究開発に挑戦するのは雇用している企業が望むところでもある。ところが現状では、UCバークレーの狭き門に挑戦するか、仕事を辞めて他州の大学に行くしかないのだ。

そこで考え出されたのがミシシッピ州立大とのプログラムだ。サンノゼ州立大の学位ではないため、カリフォルニア州のマスタープランの規制の範囲外である。これでサンノゼ州立大の修士学生は、シリコンバレーでの仕事を維持しながら博士課程に挑戦できる……という訳だ。

一方、ミシシッピ州立大学のカレッジ・オブ・エンジニアリングの学生数は修士が約250人、博士が約200人と小規模。研究グループとして優秀でも、大学を中心とした人口22,000人の街では、エンジニアリング分野のトップ企業との交流は望めない。サンノゼ州立大との提携で、シリコンバレーに存在するメリットを少しずつ取り込みながら博士課程プログラムを拡充しようと計画している。

人質で結ばれた遠隔教育プログラム

これまで他の大学で取得した単位を認めるような大学同士の提携はあったが、違う大学で学びながら他の大学の学位を取得できるのは、今回のケースがおそらく初めてだという。ちなみにサンノゼ州立大 / ミシシッピ州立大のプログラムを利用すれば、シリコンバレーにいながらUCバークレーの半分程度のコストで博士号を取得できるそうだ。経済的な負担が軽減されるだけでも、シリコンバレーの大学院の敷居がぐっと低くなる。ミシシッピ州立大の学位では意味がないという指摘もあるが、単に学位が欲しいレベルの学生のためのプログラムではない。中身の伴う学位にしなければ失敗することはサンノゼ州立大も心得ているはずだ。それに片や学生、もう一方は学位という人質を取られているだけに、どちらも真剣にならざるを得ない提携である。ミシシッピ州立大の学生のシリコンバレーでの活動の支援を含めて、サンノゼ州立大がしっかりとプログラムを発展させていけば、ゆくゆくはネットを使った遠隔教育プログラムに"在籍する価値"を生み出すのではないかと期待している。