サンフランシスコ市が進めていた無料/低価格の無線インターネット接続サービスが非常に厳しい状況に陥っている。昨年のサービス案公募でGoogleとEarthlinkの共同案が勝ち残り、今年1月から市は両社との契約締結に乗り出した。ところが管理委員会から最終承認を得る過程で、サービスの品質やセキュリティ、スピード、契約期間などに関して疑問の声が上がり、管理委員会と市長が対立。市民の意見を探る住民投票が11月に予定されていた。その矢先に、Earthlinkが都市Wi-Fiプロジェクトからの撤退を明らかにしたのだ。採算が見込めないというのが撤退の理由である。同社は経営悪化から900人規模の人員削減を行うなど、財政立て直しを進めている。

Gavin Newsomサンフランシスコ市長は、契約締結に消極的な管理委員会の対応が都市Wi-Fi実現の障害になっていると非難する。だが"消極的"という言葉を使うのなら、最も消極的だったのはEarthlinkである。管理委員会は利用モデルをきちんと想定し、修正が必要と思われる点への対応をEarthlinkに求めたものの回答が遅れていた。Earthlinkの撤退は、むしろ管理委員会の見解の正しさを証明した形になる。

格差解消に届かないWi-Fiメッシュ

都市Wi-Fiはダメかというと、展望が開けるような話も出てくるから混乱する。Earthlinkの撤退と同じ時期に、公共Wi-Fiネットワークへの期待を高める2つの発表があった。

1つはサンフランシスコのプロジェクトでEarthlinkのパートナーだったGoogle。同社がカリフォルニア州マウンテンビューで展開している無料のWi-Fiネットワークがサービス開始から1年を迎え、利用者の順調な増加が報告された。同サービスはお世辞にも十分な接続速度とは言えないのだが、それでも月10%のペースでトラフィックが増加しているという。月のユニークユーザー数は約1万5,000人。設置されているメッシュ・ルーター(約400台)の95%が毎日利用され、1日約300GB以上のデータがやり取りされているそうだ。

もう1つのニュースは、草の根Wi-Fiネットワークを手がけるMerakiだ。サンフランシスコで展開している「Free the Net」の規模拡大を発表した。これはネット接続を提供してくれるボランティアにMerakiがメッシュ・ルーターを無償提供し、草の根による無料インターネット接続ネットワークを実現しようというプロジェクトだ。これまで対象地域が限定されていたが、ネットワークの広がりが順調で、わずか5カ月でサンフランシスコ市全体に拡大された。

サンフランシスコ市内。ネットユーザーが集まる地域では簡単に公共Wi-Fiを見つけられる

接続速度が遅くても人々は無料接続サービスを利用するし、ボランティアとして自らのサービスの一部を無償提供するほど人々は公共Wi-Fiの実現に熱心である。この盛り上がりならば、現行のWi-Fiメッシュ技術でも十分にビジネスモデルとして成立しそうに思える。だが、これらのサービスの成功を、そのまま都市Wi-Fiには当てはめられないのだ。

まずマウンテンビューはGoogle本社のある街だが、広さは12平方マイルに過ぎない。その狭いエリアにハイテク企業が集まり、住人もエンジニアが多い。ノートPCやWi-Fi対応機器を持ち歩く人が多く、公園や駅などの公共エリアでGoogleのWi-Fiネットワークが利用されている。常にネットに接続していたいと思う人ばかりの特殊な地域ゆえの成功と言える。逆に都市Wi-Fiの大きな目的であるデジタル格差解消という点では全く参考にならない街なのだ。

またFree the Netのネットワークの広がり方を確認すると、テクノロジ好きが無料Wi-Fiネットワークを利用しているのがよく分かる。現在は、コンドミニアムやアパート、商店街、公園などが中心で、テクノロジ企業の多い地域、ユニークな文化を持つ地域への偏りが明らか。これらのエリアではサービスがどんどん充実すると思われるが、ボランティアによるネットワークだけに、どうしてもサービスが根付かないエリアも出てきそうだ。ラスト1マイルの解消という点では疑問符がつく。

飲める水道水のようなネットワーク

最近サンフランシスコではプラスチックボトル入りの水の消費を控えようという運動が盛んになっている。実際、マイ水筒を用意する人が増えているのか、キャンプ用品店ではどこもSIGGの水筒が売り切れである。プラスチックボトル入りの水が飲まれるのは水道水が決して安全ではないためだが、サンフランシスコではきちんとフィルターを通せば飲めるという。濾過された水を自由に汲める水道を用意したファストフード店も登場し、そのような店は話題になっている分、飲み物の売上げ減少を取り返しているようだ。

飲み水はボトル入りが常識になって久しいが、高いボトル入りの水を買わなくても、どこでも安全な水を利用できてこそ格差のないユーティリティだ。ネットもユーティリティの1つと言うならば、無料/低価格なサービスであるというだけでは不十分。ブロードバンドと呼べるような品質が伴わなければ格差解消は望めない。そのバックボーンを整えるのが市の役割であり、今回のサンフランシスコ市のプロジェクトの頓挫が本当のソリューションを生み出すきっかけになってほしいと思う。