AT&Tが業界に落とした爆弾

AppleのiPhone発売は、Apple Store前の行列もスゴかったが、それよりも1台599ドルまたは499ドルのiPhoneが、まるでランチタイムの弁当のように売れていたのが異様な光景だった。そんなのゲームの次世代機発売では当たり前……と思うかもしれない。だが、米国においてハイエンドの携帯電話は、ゲーム機のように一般に深く浸透している人気商品ではない。極めてニッチだ。

米国の携帯ユーザーの大部分は音声が使えれば十分で、携帯電話の種類にもほとんど関心がない。RAZRシリーズがヒットしたのも、機能ではなく、デザインが受け入れられたのだし、一般に普及した頃にはずい分と価格が安くなっていた。いわゆるスマートフォンは、今でもニッチのままなのだ。そんなハンデがあるから話題倒れに終わるリスクも高かったのだが、実際には飛ぶように売れてしまった。

この人気が継続するか……だが、発売騒動が過ぎても、急速に失墜することなく安定するのではないだろうか。そう思える理由は、iPhoneというハードウエアの魅力もさることながら、iPhone投入が米国の携帯電話ビジネスのこれまで慣習や常識にまったく縛られていないからだ。これがAT&Tの既存のサービスにiPhoneが組み込まれただけならば、それほど魅力を感じなかっただろう。だが、AT&Tは製品の展示や販売方法、サービス契約、そしてサービス内容に至るまで、Appleの意向を取り入れた。その結果、面倒な契約ステップ、分かりづらいサービス、セールストークと実際のサービスのギャップ、高くて制限のあるデータ通信など、従来の携帯電話サービスに消費者が抱いていた数々の不満が解消された。

USA TodayのインタビューでAT&TのCEOであるRandall Stephenson氏は「iPhoneの登場は携帯電話産業の流れを変える (Game-changer)」とコメントしていた。その言葉にAppleの意見を受け入れたAT&Tの決断が含まれるのかは確かではない。だが、間違いなくAT&Tも業界に爆弾を落とした。

音声通話サービスとWebサービスが出会う場

AT&Tの判断は大きな変化を伴うだけに、自身が痛みを被る可能性もある。

同社のiPhone向けのサービスは、もっとも低価格(月額59.99ドル)のサービスでもデータ通信が無制限だ。ネットワークはEDGEを利用する。加えてiPhoneでは、SafariやMaps (Google Maps)を利用するケースではWi-Fiが優先される。EDGEしか使えない状況から、登録済みのWi-Fiネットワークに入ると実にスムースに接続が切り替わる。Wi-Fi接続からAT&Tが接続料を取れるわけではなく、EDGEも無制限だから、ユーザーが長時間インターネットに接続してもAT&Tには何のメリットもない。逆に高速なWi-Fiを基本とした使い放題のネット接続とSafariを利用して、AT&Tにとっては困ったサービスが登場する可能性がある。

たとえばIPフォンだ。iPhone発表直後にiPhoneサポートを宣言したJajahが、実際にJajah MobileをiPhoneで利用できるようにした。JajahではWebブラウザと電話を利用する。Webブラウザで同社のサイトにアクセスし、自身が使う電話の番号と相手の番号を入力して、[通話]ボタンを押す。すると自分の電話が鳴り、受け取ると今度は相手の電話との接続が始まる。相手が出たら通常の電話のように会話をできる。iPhoneではSafariでJajah Mobileにアクセスし、入力ステップを行うとiPhoneが鳴り、レシーブすれば、相手との接続が始まる。iPhoneだけで済む分、PC版よりも便利で、iPhoneを使ってどこからでも格安国際電話をかけられる。長距離通話サービスを手がけるAT&Tにとっては頭痛の種と言える。

Jajah Mobile。相手の電話番号を入れて[通話]ボタンを押すと、iPhoneでIPフォンサービスを利用できる

そんなデメリットはあるが、一部で侵略を受けようともWebサービスを受け入れることで、ユーザーの満足度が上がり、またAT&Tにサービスプラットフォームとしての価値が生まれる。

たとえば米Googleが6月29日(米国時間)に、音声でローカル検索をする「GOOG-411」にMap itという機能を追加した。電話でお店などを検索し、結果が読み上げられている間に「Map it」と言うと、その情報をSMSで送信してくれる。情報にはGoogle Mapsのリンクも含まれており、iPhoneではワンタップでマップを表示できる。GOOG-411はiPhone用のサービスではないが、iPhoneで使うと非常に便利だ。これまでのGOOG-411は、電話でだらだらと結果リストが読み上げられ、それをメモするのが苦痛だった。実際、使っているという人にも会ったことがない。だが、iPhoneとの組み合わせなら利用する人が増えるのではないだろうか。

GOOG-411で電話を使ってサンフランシスコのレストランを検索。Map itをしてSMSで届いた検索結果(左)。iPhoneではマップのリンクをワンタップするだけで自動的にマップ表示に切り替わる(右)

従来の音声通話サービスと、PCの世界がホームグラウンドだったWebサービスがキレイにiPhoneで融合する。そんなことが携帯キャリアの関知しないところで起こってしまう。このようなサービスの広がりも、AppleのiPhone投入の狙いの1つだろう。はたして日本の携帯電話業界は、Appleが描く自由で携帯電話利用を受け入れられるだろうか。