Columbia Pictures IndustriesがBitTorrentサイトのTorrentSpyを著作権侵害で訴えた裁判の判決が、5月29日にロサンゼルス地方裁判所で下された。原告側の要求を大幅に認めて、TorrentSpyに対してユーザーログの記録を命じた。エンターテインメント大手がP2Pネットワーク関連のサービスを訴えるのは、今やめずらしくもなく、この判決も5月末の時点では大きな話題にならなかった。ところが6月8日に公開された判決の詳細を読んだ人は、判断に至った想定外の経緯に驚かされた。Columbiaは従来とは全く違う方法で証拠開示を要求し、ユーザーログの記録命令にこぎつけたのだ。この判断の行方次第では、企業やサービスベンダーのコンプライアンスのあり方、ユーザーのオンラインサービス利用にも大きな影響を及ぼす可能性があるという。

プライバシー保護のカベを破った意外な一手

TorrentSpyは、BitTorrentの共有プロトコルで公開されているデータをインデックス化して検索可能にしている。Columbiaは映画の複製ファイルを違法に入手する情報をTorrentSpyが提供しているとして、同社の著作権侵害を助長する行為を批判すると共に、海賊版の情報を意図的に扱って広告などからの売上げを伸ばしていると指摘した。

裁判証拠提出にあたって、ColumbiaはTorrentSpyにユーザーログの提出を要求したが、TorrentSpyはユーザーのプライバシーを守るためにユーザーログを一切記録していないと回答した。存在しないのだから提出できない……ここまでは定石通りというか、お決まりのやり取りである。だが、Columbia側の弁護士はTorrentSpyの言い分につきあわず、予想外の一手を打ってきた。TorrentSpyのプライバシー保護の姿勢を認めながらも、実際にはユーザーログに相当する情報がTorrentSpyのサーバ内のRAMにストアされていると指摘。そのデータが証拠として十分に適用できると主張したのだ。

RAMはCPUの高速なデータの読み書きをサポートするパーツであり、データの保存や記録が目的ではない。データは次々に書き換えられるため、過去の特定の時期のデータを取り出すことはできないし、証拠に足りるデータが残されているとは言い難い。だがColumbiaの弁護士が指摘したのは、RAMに残されているデータではなく、RAMに一時的にでもユーザーのIPアドレスがストアされているという事実なのだ。それをユーザーログの存在とし、証拠提出プロセスにおいて、その記録の実行を求めたのだ。証拠と言えば、通常すでに存在するものを指すが、Columbiaはこれから記録を作成して提出しろというのだ。無茶苦茶な要求に聞こえるが、この裁判はユーザーの動向を知るのがポイントであり、データの流れが分かれば十分だ。そのためJacqueline Chooljian判事はRAMに関するColumbia側の主張を認め、TorrentSpyにデータの記録を命じた。

この判断で問題視されているのは、一瞬しかストアされないRAMのデータも"デジタル証拠 (ESI: Electronically Stored Information)"として認められた点だ。詭弁を弄された感もあるが、方針としてユーザーログを残していないと主張したTorrentSpyが、結果的に収集と提出を命じられてしまった。

Chooljian判事が求めているのはユーザーの動向がつかめる情報で、IPアドレスなど個人の特定につながりそうなデータを提出する必要はない。そのため、この判断がTorrentSpyユーザーのプライバシーを侵害する可能性は低い。またTorrentSpyがすぐに上訴したため、命令の執行には至っていない。だが、前例ができてからでは遅いと25日(米国時間)に、電子フロンティア財団(EFF)がロサンゼルス地裁の判断が及ぼす影響に警鐘を鳴らす声明を発表した。RAM内のデータが証拠として認められれば、インスタントメッセンジャーやIPフォンでの会話からキーストロークに至るまであらゆる情報が収集の対象になる。また裁判案件を抱えた企業やサービスベンダーは、サーバのログ、IPフォンの会話、保存されなかった書類の草稿など、RAMにストアされる可能性がある全ての情報を保存する必要性に迫られる。「連邦裁判に直面する企業にとって、この重荷は脅威になる」としている。

今後の見通しとしては、RAMに対する判事の認識の誤りを理由に、判断が覆されるという意見が大勢を占めている。ただRAMをブラックボックスと捉える方がズレているのではないか……と思える面もある。Columbia側の手法を訴訟におけるハッキングと考えれば、一度でも成功したという事実は決して安心しきれる状況ではない。