「D: All Things Digital (D5)」でのスティーブ・ジョブズ氏とビル・ゲイツ氏のジョイントセッションをiTunes Storeから入手した。24年ぶりの共演が話題になったものの、肝心の中身に関する報道は今ひとつ刺激がなく、1GB近いファイルサイズに気後れしていたのだが、実際に見たら予想以上に面白かった。特にジョブズ氏は表現がユニークだったばかりでなく、Appleのあり方や「ポストPCデバイス」について「おやっ」と思わせる発言が随所にあり、Mac OS X "Leopard"の追加情報が公開されるWWDCへの期待感を高めてくれた。

今週はD5で気になったジョブズ氏の発言を、米国時間の6月11日にサンフランシスコで行われたWWDCの基調講演の内容に照らし合わせながら紹介したい。

ソフトウエアがもたらす使い勝手のよさ

D5でジョブズ氏は「Appleは基本的にソフトウエア企業である」と断言していた。iPodが認められた理由について、日本の家電メーカーは携帯音楽プレーヤー市場を開拓し長く君臨していたにも関わらず、ソフトウエアの役割に気づかなかったと指摘。iPodはつき詰めればソフトウエアであり、MacもMac OS Xであるという。iPhoneも基本的に同じで、いずれも核となるソフトウエアを美しいケースで包んでいる。「Appleは自身をソフトウエア企業と見なしている」というのがAppleという企業を解く大きなカギなのだという。この後、アラン・ケイ氏の「ソフトウエアに真剣ならば、独自のハードウエアを手がけるべきだ」という言葉を引用した。

Appleの強みであるソフトウエアが主役になるという点で、WWDCの基調講演はAppleを知る貴重なチャンスである。今年は、Mac OS X "Leopard"の10の新機能、Windowsバージョンを含む最新版のSafari、iPhoneにおけるサードパーティ開発者のサポートなどが紹介された。

WWDCで紹介されたLeopardの改良点は、新しいデスクトップや新しいFinder、ファイルの内容を表示するQuick Lookなど、使い勝手や操作性の向上に集中していた。メジャーアップデートとしては、物足りなさを感じる人もいるかもしれない。だがジョブズ氏はD5で「今やコンピュータは様々なフォームファクタに姿を変えている。中身がコンピュータだとしても、だから何だというのだ。だれも気にしない。どのようなデバイスなのか? どのように使うのか? コンシューマがどのようにアプローチするかが問われるのだ」と述べている。これはスマートフォンを例にポストPCデバイスについて語った言葉だ。指で操作するユニークなユーザーインタフェースを持つiPhoneを投入する理由が伝わってくる。だがコンピュータにおいても、人がどのような目的でどのように使うかを重視していると考えれば、Leopardの改良点は理にかなった進化といえる。

クラウドサービス攻略のカギはSafari

Webサービスやネットアプリの台頭とパソコンの衰退の可能性を問われたジョブズ氏は、パソコンが過去に何度も窮地に追い込まれながらも時代に対応してきたと指摘。「PCは多目的なデバイスとして、これからも私たちの側にあり続けるだろう」と述べた。その上でiPodやiPhoneのように特定の目的に特化したポストPCデバイスが増加すると予測した。その理由として、iPhoneのGoogle Mapsアプリを例に挙げた。Googleが公開しているAPIを基にiPhoneでのGoogle Maps利用を試行錯誤した結果、「他のGoogle Mapsクライアントを吹き飛ばしてしまった。サーバから全く同じデータセットを受けても、その利用体験は全く異なる。コンピュータでの体験を上回り、既存の携帯電話とは次元が違う」という。

「すぐれたクラウドサービス(cloud services)は、本当に素晴らしいクライアントアプリとのマリアージュで、その真価が引き出される」とジョブズ氏。これをAppleがどのような形で実現するかが、個人的には今回のWWDCで最も注目した点だった。D5では、.Macの改良不足を指摘されたジョブズ氏が「近い将来に空白期間を埋め合わせする」と述べていたので、.Mac関連の発表も可能性が高いと予想していたのだが……。

実際のカギはSafariであるようだ。これまでSafariはMacのみのWebブラウザだったため、開発者にとって魅力がうすく、クラウドサービスの対応が芳しくなかった。そこでWindows版を用意(現在ベータ公開中)して、Safariのシェア増を狙う。ただ、それだけではInternet ExplorerとFirefoxのカベを破るのは難しい。訴求点として、WWDCの基調講演では圧倒的な性能がアピールされた。

Safariの1つの武器は"快適な動作"という利用体験である。もう1つの武器は、発売前から大きな注目を集めているiPhoneへの標準搭載だ。むしろiPhoneでSafariユーザーが増加し、iPhone向けに開発されたリッチアプリケーションがMacやWindowsのSafariでも動くことで、少しずつパソコン市場でもシェアを伸ばすというのが現実的なシナリオと言えそうだ。これによりクラウドサービスとのマリアージュが実現する。iPodという大ヒット音楽プレーヤーを武器にしたデジタル音楽事業の戦略に似ている。そのため、iPhone / Safariの結びつきを批判する声も予想される。ただ、トータルで見れば非常に使い勝手が良さそうで、その魅力に抗しきれない。そう思わせるのがAppleの巧いところだ。

Windows版で、Internet Explorer、Firefox、Safariの性能を比較

Windows版SafariとiPhoneでクラウドサービスを攻略