【コラム】
"Palmの生みの親"として知られるJeff Hawkins氏が2005年に設立した会社Numentaがインテリジェントコンピューティングのソフトウエアプラットフォームをリリースした。パターン認識やマシーンラーニングなど、コンピュータが苦手とする問題を解決してくれる。考えるコンピューティングを実現するという。
Numentaのソフトウエアプラットフォームは、Hierarchical Temporal Memory (HTM)テクノロジに基づいている。その仕組みのヒントは、Hawkins氏が2005年に出版した「On Intelligence(考える脳 考えるコンピューター)」の中で示されている。
従来のAI(Artificial Intelligence)はバイオロジー側からのアプローチではなく、コンピュータの処理能力を活かして、あたかも知能が備わっているかのように振る舞わせていた。IBMのDeep BlueがチェスチャンピオンのGary Kasparov氏を破ったのはDeep Blueが賢かったのではなく、無数の可能性を片っ端から検討できるほど速かったためだ。だから私たちが犬やネコの絵を簡単に見分けたり、言葉の意味をほとんど無意識に理解できるのに対して、コンピュータはイメージや言語などに含まれる意味を判断するのを苦手とする。
知能に関してHawkins氏が着目しているのは大脳新皮質の働きだ。同氏は、情報をモデル化しながら、それを基に予測することが知能だと考える。大脳の中で、モデル化と予測を行うメモリシステムのような役割を担っているのが新皮質だと捉えている。
たとえば人も初めて犬に接した時は犬と分類できないが、犬の形や動きなど神経細胞が捉えた無数の感覚情報がパターンとして蓄積され、それらがつながって犬を認識するモデルが形づくられていく。犬を大まかに分類できるようになっても、初めてシベリアンハスキーを目の当たりにすれば、「これは犬か?」と一瞬迷う。だが、体躯や動きなど過去の犬の特長のパターンから犬と予測できる。それが合っていれば、その時に目の色や模様などシベリアンハスキーの特徴の断片的な情報が、犬を認識する一連のパターンに組み込まれる。すると次回からシベリアンハスキーを判断できるようになり、また「奇妙な模様の犬もいる」という予測の幅も広がる。
Hawkins氏が考える大脳新皮質のメモリシステムのプロセスをソフトウエア化したのがHTMである。認識されたデータは、メモリモジュールが階層的に連なるHTMシステムの最下層に組み込まれる。データのパターンを読み取られ、蓄積されたパターンのつながりとのマッチングが行われる。学習と呼べるような作業である。HTMはアクションがプログラムされていないという点で、通常のコンピューティングとはアプローチが全く異なる。観察を通じて学ぶことで、適切なアクションを起こせるようになるため、HTMシステムでは時間も重要な要素である。能力を発揮するようになれば、予測ツールとして効果を発揮するという特徴を持つ。
リリースされたソフトウエアプラットフォームは、HTMのコンセプトを体験してもらう目的に過ぎない。リサーチ目的のアプリケーションが近々提供される模様だが、商業向けアプリケーション提供までには、しばらく時間がかかりそうだ。それでも事故回避機能への応用を考える自動車メーカーや、おすすめ機能への利用を考えるWeb小売店など、すでにNumentaはいくつかのパートナーを獲得している。
Numenta設立のニュースを知ったとき、PalmPilotやTreoでシリコンバレーの成功者となったHawkins氏が自分の世界に閉じこもってしまったような印象を受けた。だがHTMの仕組みを調べてみたら、むしろSF的な存在だった"脳研究とコンピューティング"が、Hawkins氏によって身近に感じられた。
Hawkins氏が学生時代から知能の仕組みに興味を持っていたという話は、本人のスピーチや著作で度々紹介されている。ただ苦労話として取り上げられることが多い。
まず脳研究で目指した大学院進学がかなわなかった。エンジニアとなってからも80年代に知能を扱うプロジェクトに取り組んだが、実現するための資金が得られなかった。そこで脳研究は頓挫。ところがPalmPilotの大ヒットで状況が一変した。続くTreoでシリコンバレーの成功者の座を確立し、その名声を背景に現在、念願の脳研究に携わっている。その紆余曲折の経験もNumentaに反映されているように思える。
大脳新皮質だけに着目する同氏のアプローチは割り切りが良すぎて乱暴にも思えるが、実用化を考えると、その簡潔さも評価点と言えそうだ。CESの基調講演だったと記憶しているが、同氏はPalmPilotの開発を技術の取捨選択だと述べていた。PalmPilotに使用された技術はGraffitiを含めて、すべて他のデバイスに搭載済みだった。ただ「便利な手書き」というユーザー体験を実現するための技術を選び、その組み合わせにこだわった。その結果から生まれたPDAにユーザーは新しさを感じたのだ。Numentaにおける同氏の脳研究にも、同様のアプローチが感じられる。今後の展開が楽しみだ。
HTMが形になってきたためだと思うが、今月末のO'ReillyのETechを皮切りに、4月のCELEST、11月のSociety for Neuroscienceの年次会議、来年2月のISSCCなど、今年から来年にかけて様々なイベントでHawkins氏は講演を行う予定だ。
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