【コラム】

シリコンバレー101

184 キアヌの熱演を下敷きにしたアニメ「A Scanner Darkly」

    Yoichi Yamashita  [2006/07/11]

    実写のようなアニメーション「A Scanner Darkly」。提供: Warner Independent Pictures

    このコラムで取り上げる映画は、鑑賞するチャンスがあるとは限らない独立系の作品ばかりで恐縮だが、今回は米国で7月7日に公開された「A Scanner Darkly」を紹介したい。原作フィリップ K.ディック、主演キアヌ・リーブス。出演者はウィノナ・ライダー、ロバート・ダウニーJr.、ウッディ・ハレルソン等々。このように書くとメジャー作品のように思えてくるが、Warner Independent Pictures配給作品である。ベイエリアでも、サンフランシスコの1館でしか上映されていない。

    監督はリチャード・リンクレーター。アニメーション手法の「ロトスコープ」を用いているのが、この作品の特徴だ。まず実写で撮影し、それをトレースしてアニメーションにする。つまり、本物の役者が演じているにもかかわらず、全編がアニメーションの作品である。まずは公式サイトで公開されているトレーラーで、その映像を確認していただきたい。

    リンクレーターは、2001年公開の「Waking Life」でもロトスコープを用いている。Waking LifeはDVDの販売などを含めればまずまずの成功を収めた。ところがリンクレーターは、映画館での公開が盛り上がりに欠けたのが不満だった。それだけ自信があったのだろう。そこで話題性の高い俳優、よりロトスコープに適した原作を選んで再挑戦したのだ。

    簡単にストーリーを紹介すると、主人公のフレッド(キアヌ・リーブス)はドラッグ担当のおとり捜査官である。アイデンティティを変えてしまうスクランブルスーツを着込んでいるおかげで、上司ですらフレッドがどのような人物になって捜査を進めているか把握していない。しかしながら、おとり捜査中のフレッドは、実はボブ・アークターというSubstance D(S.D.、Scanner DarklyもS.D.)などを楽しむ本物のドラッグ中毒者だった。ある日、フレッドは上司から、もう一人の自分であるボブ・アークターの監視を命じられる。Substance Dにむしばまれ、自分で自分を監視するうちに……というのがさわりだ。

    原作は、P.K.ディックが自らのドラッグ体験を題材にした半自伝的な作品である。ストーリーは進むほどに重くなる。またスクランブルスーツのような未来のアイテムが出てくるのに、描かれているテーマは70年代の問題である。「昔の話のような未来の話」というのはP.K.ディック作品の特徴の1つと言えるが、その微妙な雰囲気を演出するのは難しい。そこに「実写のようなアニメーション」であるロトスコープの雰囲気がうまくマッチしている。

    Scanner Darklyのロトスコープの処理には、MITのMedia Labの研究者だったボブ・サビストンが開発した「Rotoshop」が使われている。まずタブレットを使って、実写映像のキーとなるコマで人物やモノの輪郭をふちどる。次に、マスキング、ワーピング、ブレンディングなどRotoshopの各種ツールを使って、着色、3D効果を加え、その上で細かく調整する。そして最後にレンダリングだ。トレーラーを見ると、とんでもない処理が行われているような印象を受けるが、ふつうのPowerMac G5で作られている。ただし地道な作業の連続である。

    実写映像の撮影は2004年の5月にテキサスで行われ、わずか6週間で終了したそうだ。結局、実写映像は塗りたくられてしまうので、凝ったメイクをする必要はない。さくさくと撮影は進んだ。俳優の拘束時間を抑えられるという点でも、Rotoshopを使った映画製作は低予算向けといえる。

    ただScanner Darklyの場合、ロトスコープの作業で失敗している。当初テキサス州オースティンで現地のアニメーター約30人を雇い、サビストンがリーダーとなって作業を進めたのだが、同じ人物を描いていても5つのチームで微妙に雰囲気が異なった。リンクレーターのOKが出ず、描き直しばかりの状態が続いた。しびれを切らしたWarner Independentが製作をロサンゼルスに移し、サビストンを外して、アニメ映画のベテランを投入した。ベテランはチームをさらに細かく分けて、1つのパーツを1つのチームに担当させるというようにして絵を統一。2005年9月の予定が2006年7月になってしまったが、なんとか公開にこぎ着けた。

    アニメーターのチーム作業では失敗したが、そのトラブルを含めてScanner Darklyの製作は良い前例になるのではないだろうか。リンクレーターのように特殊効果を売りにしていない監督でも、原作の雰囲気にリアリティを持たせるためにアニメーションを使う。しかも低予算作品である。それだけデジタルアニメーションの効果が豊かになり、導入の敷居が低くなったということだろう。出来上がった作品はというと、キャスティングははまっているし、トレーラーの映像はインパクトがある。アニメーションはP.K.ディック作品の雰囲気をうまく引き出している。ストーリーはちょっと重いが、ひき込まれる。独立系の枠の中で成功するために、やれることはやった作品と評価したい。これで目標としている映画興行が成功しなかったら……リンクレーターは映画館に見切りをつけるかもしれない。

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