【コラム】
2006年は米国のインターステートハイウェイの50周年の年だ。1956年の6月29日、ドワイト・アイゼンハワー大統領がNational Interstate and Defense Highways Actに署名した。これにより州をまたがる40,000マイル以上の高速道路網を構築する米最大の公共工事プログラムが始まったのだ。
アイゼンハワー大統領がハイウェイシステムを支持した最大の理由は国防である。同大統領は陸軍に所属していた1919年に、車輌部隊による初の米国横断の試みに参加した。7月7日に東海岸のワシントンDCを出発。フィラデルフィア州のゲティスバーグからリンカーンハイウェイを通って、西海岸を目指した。到着目標は特に定めていなかったが、途中で泥道にはまったり、橋の補強が必要になったりするなどトラブル続出で、移動は予想以上に難航。2カ月が過ぎた9月5日に、ようやくサンフランシスコに到着した。この陸軍時代の経験、さらにヒットラーが建設したアウトバーンの効率性を知ったことが、アイゼンハワー大統領にハイウェイ網建設を後押しさせた。
国防目的で始まったハイウェイ敷設だが、実現したことによって国民の生活は一変した。ハイウェイ沿いにモーテルやホテル、レストランがオープンして街ができた。グランドキャニオンのような、一般の人が簡単には近づけなかった場所にも行けるようになり、観光も様変わりした。全米自動車協会(AAA)の資料によると、50年代後半から60年代前半にかけてのガソリン代は20~25セント/ガロン程度、ホテルの宿泊料金は1泊8~10ドル程度だった。2006年の独立記念日(7月4日)時点の全米のガソリン価格の平均は2.85ドル/ガロン、ホテルは1泊96.08ドルである。モノの価値は変化しているが、60年代や70年代の米国を知っている人は「車での旅行は安上がりだったので、誰もがじっくりと時間をかけて旅を楽しんだ」と口をそろえる。おおらかな時代だったのだろう。そしてハイウェイが整うと、物流が変わり、自動車産業の発展という未曾有の繁栄を米国にもたらした。
もちろん負の面もある。60年代の車旅行は今に比べると格段に危険だった。逆に安全になった今では、「ハイウェイでの旅は、人との出会いや風景を楽しむ暇がなくて味気ない」と言う人がいる。公害や渋滞などの問題も生じている。そのため敷設開始当初には盛り込まれていなかった有料道路や他のハイウェイシステムとの連結も行われるようになった。インターステートハイウェイが完成したのは1991年。9月15日にアイダホ州のワレスで最後の信号が取り払われた。
さて、インターステートハイウェイの50周年の前日に、「ネットワークの中立性」を義務化する法案が米国上院小委員会で否決された。同法案はすでに6月に下院で否決されており、GoogleやeBay、Amazon.com、Microsoftなど、立法化実現を働きかけてきた企業にとっては厳しい結果となった。ハイウェイとネットの中立問題……。まったく関係のない話題と思うかもしれないが、クリントン/ゴア時代に打ち出された「情報スーパーハイウェイ構想」は、インターステートハイウェイ・プロジェクトを下敷きにしている。以来、インターステートハイウェイ敷設に照らし合わせて情報革命が論じられることが多く、それだけに、皮肉なタイミングの法案否決に思えるのだ。
ネット中立法案の推進派は、ネットの中立性が維持されなければ、ISPが特定のコンテンツやサービスのアクセスを制限したり、逆に優先的に提供したりすることが可能になると指摘する。結果、プレミアサービスは快適に使えるが、中小企業や個人が提供するコンテンツにはアクセスしにくくなる、というような不公平が生じるおそれがある。またスタートアップ企業による革新的な技術やサービスの登場も難しくなる。
一方ISPにとっては、"ネットの中立"という義務がビジネス上の負担につながりかねない。違法ファイル交換サービスのような不当なアクセスにネットワークを食われては、正当なユーザーが本来受けられる快適なサービスが損なわれる。
どちらの言い分にも、聞いているとうなずける部分がある。問題は、後ろ向きな仮定の議論になっている点だ。コンテンツやサービスを制限するのがISPの本意ではないし、推進派は中立という規制を設けたい訳ではない。それにもかかわらず、それらが論点になっているところにズレが生じている。
ここはひとつ、インターステートハイウェイの発展に照らし合わせて考えてみてはどうだろう。今の議論は「すべてをフリーウェイで徹底すべき」、あるいは「混乱を避けるには、軍や輸送トラックを優先したり、または有料化したりすることが必要」という感じに聞こえる。ただ、早い段階から利用できる車を限定すれば、今日のようなハイウェイがらみの発展はなかった。また逆に、状況に合わせて有料道路や他のハイウェイシステムと連結する仕組みを設けなければ、インターステートハイウェイに絡む様々な問題は解決できない。フリーウェイの成長の中で、ユーザーの問題を解決する適切な対策を講じてきたことが、"物流のスーパーハイウェイ"を実現したポイントである。ネットの中立問題に置き換えて考えると、規制や強制ではなく、オープンなインターネット環境の中で、ユーザーの声に応えるビジネスが発展することが望ましい……となる。
個人的には、インターネットはまだユーザーがおおらかな旅に挑戦する段階だと思うし、だからこそ面白い。といっても、今回の結果に疑問符を付けるわけではない。どのような形でも、通信法の枠組みにはめ込むのは時期尚早と見るのが、妥当な判断ではないだろうか。まずはアイゼンハワー大統領が署名したインターステートハイウェイ法案のような、しっかりとしたビジョンを示す議論が行われることを期待したい。
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