【コラム】

シリコンバレー101

166 シェア90%超のあの会社が、ある日突然消えてしまったら……

    Yoichi Yamashita  [2006/02/22]

    「マイクロソフトが、ある日突然Windowsの開発・提供を中止してしまったら、どんな騒ぎになるか想像してほしい」

    2005年の12月5日に、サーフボードの材料となるポリウレタンフォームを提供してきたクラークフォームが、当然営業を停止した。その際に、サンノゼマーキュリーニュース紙の取材に対して、サーフボードメーカー社員の1人が用いた喩えが上記である。

    このサーフボードもおそらく、クラークフォームのブランクを使用している

    クラークフォームのブランクフォームは、米国の約9割、全世界の約6割のサーフボードで使用されている。サーフボードは、スタイルやデザインが細かく分かれ、またサーファーは、量産品よりもオリジナリティを主張できるボードを好む傾向が強い。そのため、ユーザーの細かな声に対応できる、小規模のサーフボードメーカーが繁栄している。しかし、サーフボードメーカーの仕事は、シェーピングに始まり、ペインティング、グラッシングや仕上げである。原型となるブランクフォームは、フォームメーカーから仕入れている。そのブランクフォーム市場を独占していたクラークフォームが突如消えてしまったのだから、サーフボードメーカーは大あわてである。ちょうど月曜日だったので、「ブランク・マンデー」と呼ばれた。クラークフォームは、顧客にも営業停止をほとんど知らせていなかったそうで、すぐにサーフボードの価格が100ドル程度跳ね上がった。だから「マイクロソフトがある日消えてしまったら……」という喩えは、決して誇張ではない。

    クラークフォームは、同社が使用しているポリウレタンフォームに、発ガン性のある化学物質、TDI(トリレンジイソシアネート)が含まれていたため、カリフォルニアや連邦の労働環境保護規制に対応しきれなくなった。他州や他国へ生産を移すこともできず、1958年に始まった歴史に幕を降ろした。

    さて、問題は残されたサーフボードメーカーである。メーカー各社は、一斉にオーストラリア、南アフリカ、スペイン、ブラジル、中国などから、ブランクフォームをかき集め始めた。米国のブランクフォームメーカーも増産に取り組んでいる。ただ、これまでクラークフォームに押されていたため、米国メーカーでもタイなどで生産を行っており、「アジアで作られたサーフボードなんて……」という反応も根強い。文化的な側面もある難しい業界だけに、しばらくはサーフボードの価格が高騰すると見られていたのだ。

    ところが2カ月が経過し、値上がりではなく、少しずつ値下がりしてきている。この分だと、よほど緊急にボードがいらない限り、しばらく待てばある程度は落ち着きそうだ。理由の1つは、クラークフォームが営業停止宣言の後、顧客に在庫をはき出したためだ。おかげで、とにかく仕入れに走っていたサーフボードメーカーのほとんどは今、過去に例がないほど多くのブランクフォームを抱えている。ただ、それも一時しのぎに過ぎない。時間が経てば再びブランク不足の問題に直面する。しかしながら、ポリウレタンフォームを超える、より優れたブランクフォーム開発の機運が、この短期間に高まっているのだ。

    たとえば、サンディア国立研究所の研究者が、核兵器の電子部分の保護に用いる素材がサーフボードに適している、と発表して話題になっている。「TufForm」と呼ばれており、TDIは含まれていないし、滑りや操作性、耐久性にも優れているそうだ。興味のあるメーカーにはライセンスする用意があるという。

    また、ブランクフォーム作りに、独自に乗り出したサーフボードメーカーもある。すでに一部のブランクフォームメーカーが使用しているポリスチレンには、多くのサーフボードメーカーが興味を持っている。このほか、自動車のバンパーや飛行機の素材なども注目されている。

    50年近くもクラークフォームが君臨してきたのだから、ポリウレタンは理想的なサーフボード素材の1つだったと言える。その代わり、クラークフォーム独占のカゲで、長期間にわたってブランクフォーム開発が滞ったのも事実である。クラークフォームの営業停止をきっかけに、その穴埋めとなるだけでなく、"より強く、軽く、操作性に優れて、環境に優しい"ブランクフォームを開発する動きが、再び活発になってきた。今では、クラークフォームの再興を求める声は収まり、むしろ「良かったのでは……」という意見の方が優勢だ。

    さて、ここで冒頭の喩えをもう一度読み直してみよう。ちょっと複雑な気分になる。

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