【コラム】

シリコンバレー101

162 映画館からボイコットされるソダーバーグの新作、なぜ?

    Yoichi Yamashita  [2006/01/24]

    2001年に「トラフィック」でアカデミー監督賞を受賞したスティーブン・ソダーバーグ監督の新作「Bubble」が1月27日に公開される。ところが、劇場ではほとんど観ることができない。公開日に上映するのは全米で33館のみ。ベイエリアでは、インディや外国映画を専門にするサンフランシスコのLumiere Theatreで上映されるのみである。

    Bubbleは中西部の小さな街の人形工場に、若いシングルマザーがやってきたことで起こる三角関係と殺人事件を描いた作品である。暗いし、出演者にプロではない俳優を起用している低予算映画だ。それでもソダーバーグ作品である。ある程度の興行収入が期待できるのに、なぜこんなに上映館が少ないかというと、Bubbleは劇場で公開されるのと同時にHD放送の「HDNet」でも公開され、さらに4日後の1月31日にはDVDが発売されるという多チャンネル公開を試みる作品だからだ。劇場公開優先というルールに従わないのなら、劇場にはかけないと、大手映画館チェーンはBubbleをボイコットしている。

    人形工場で、年の離れた2人と若いシングルマザーの三角関係。低予算ゆえにソダーバーグの持ち味が発揮されそうな「Bubble」(提供: Magnolia Pictures)

    多チャンネル公開の仕掛け人はMark Cuban氏とTodd Wagner氏である。Cuban氏は、NBAチーム、ダラス・マーベリックスのオーナーとしての顔の方が有名かもしれない。2人は創業したBroadcast.comをドットコム・ブームの絶頂期にYahoo! に売却、その後2929 Entertainmentを開始した。2929は、比較的低予算の映画でも、複数のチャンネルで公開することで利益を上げる新しい映画のビジネスモデルづくりに挑戦している。ちなみに、傘下の2929 Productionsの製作予算は1本あたり1,000万~4,000万ドル、HDNet Filmsはさらに低予算である。ソダーバーグ監督は、予算枠のキツいHDNet Filmsの方で6本の映画を撮る契約を交わし、Bubbleはその1本目となる。

    2929の活動は、これまでにも注目されていたが、監督や俳優が無名で地味な作品が多かった。HBOなど有料テレビチャンネルが制作するドラマ(「ザ・ソプラノズ」や「セックス・アンド・ザ・シティ」など)と同じ程度に扱われ、劇場オーナーもハリウッドの大予算映画の迫力をアピールするだけのオトナの対応だった。だが、社会性の強い作品から娯楽作品まで、常に良質な映画を提供するソダーバーグ作品となると、注目度が異なる。たとえ低予算でも、立派な映画監督作品として受け取られるだけに、同氏の多チャンネル公開への1票は重いのだ。

    また最近、インディを中心に、劇場公開以外の方法での提供を試みる動きが活発化している。現在ユタ州パークシティで開催中のインディ映画を対象とした「サンダンス映画祭」では、「CSA: The Confederate States of America」「I Am a Sex Addict」などの6作品を、劇場と同時にケーブルのプレミアチャンネルでも公開するとIFC Entertainmentが発表した。また1月初旬にラスベガスで開催された2006 International CESでは、Intelが支援するClickStarが、モーガン・フリーマン出演の「10 Items or Less」を、劇場公開から数週間以内にオンライン配信することを明らかにしている。劇場側としては、この流れがソダーバーグ作品によってせき止められなくなるのでは、という心配もあるだろう。

    業界のドタバタは別として、1人の消費者としては鑑賞の選択肢があるというのは歓迎である。料金を比較すると、Lumiere Theatreはチケットが大人1枚9.75ドル。HDNet Movieは、衛星TVサービス、DirecTVのHDパッケージに含まれているので、DirecTVの通常サービス料金に月額10.95ドル追加となる。また、多チャンネル公開作品のDVDは高くなると言われているが、Amazon.comでのBubbleの価格は29.98ドル、今は3割引きの20.99ドルで販売されている。3つを比べると、コスト的には一長一短。67年に建てられたLumiere Theatreで暗いBubbleを観るというのも趣があるし、これを機会にテレビを大画面にというマズい考えも浮かんでくる。

    思うに、ソダーバーグの監督デビューはインディペンデント・スピリット賞受賞の「セックスと嘘とビデオテープ」だし、サンダンス映画祭の第1回グランプリはコーエン兄弟の「ブラッド・シンプル」である。両監督のその後の映画産業への貢献は、周知の通りである。我が家に新しいテレビがやって来たとしても、ピーター・ジャクソンの「キング・コング」みたいな作品は、やっぱり音響バッチリのモールのシネコンで観るだろう。複数のチャンネルでの公開によって、低予算でも良質な作品が増えるのならば、むしろ人材育成につながるメリットの方が大きいように思えるのだが……。

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