【コラム】

シリコンバレー101

101 ゲイツ会長版「シリコンバレー101」、もしも私が学生だったら……

    Yoichi Yamashita  [2004/10/05]

    シリコンバレーを結ぶ101号線。北へ向かえばサンフランシスコ、南に行けばサンノゼへと続く

    このコラムは今回で101回目。タイトルになぜ「101」という数字を付けたかというと、シリコンバレーの中心を走るフリーウェイが101号線なのだ。サンフランシスコからサンノゼまで車で1時間ぐらい。その間にはOracleが本社を置くレッドウッドシティ、スタンフォード大学へと続くパロアルト、Google本社やMicrosoft Reserchがあるマウンテンビュー、Sun MicrosystemsとIntelのオフィスビルが見えるサンタクララなどの街が存在する。シリコンバレーでは、避けては通れない道なのだ。

    また、こちらの大学では、どの学部でも学生が最初に取るべき基礎クラスに101番を付けている。例えば、経済学のイロハを教えるクラスは「エコノミクス101」となる。これが転じて、何事でもベーシックな説明に「101」という数字が付けられることが多い。だから、「ハイテク業界を語る上で避けられないシリコンバレーって、どんなとこ?」という質問に答えられるコラムになるように、「シリコンバレー101」とした。

    さて、先週の金曜日、MicrosoftのBill Gates会長がシリコンバレーを訪れ、UCバークレーの学生を相手にスピーチを行った。この日のGates氏は、Microsoft会長として「Trustworthy Computingは……」などとカタい話をする人物ではなかった。DECのミニコン「PDP-11」用のコードを探してゴミを漁った少年時代の話をするなど、エンジニアとしての同氏の個人像が見えてくる。その上で、コンピュータ業界の未来に向けた心構えなどについて語るという、まさに本物の「シリコンバレー101」の講義と思えるようなスピーチだった。

    エンジニアを目指す学生にとって、Gates氏は神様マイケル・ジョーダンのような存在なのかなと思っていたが、もう少し身近な存在であるようだ。講演の前には、「秩序を乱すような行為をした者は会場から排除する」という警告があるなど、会場はピリピリとした雰囲気。どちらかというと、実力プラス憎たらしい性格で人気だったチャールズ・バークレーを迎えるアウエー会場のようだった。

    ただ、講演自体は終始リラックスしていた。めずしくQ&Aを受けたGates氏に対して、ここぞとばかりMicrosoftの事業に違法性がないか質す学生が出てくる。そんな学生のズケズケとした物言いも、ユーモアを交えてヒラリとかわす。つくづく、ビジネスマンとして有能だなと思わされる。

    今日の学生たちの関心の的は、"オフショアリング"の動きである。中国やインドに仕事が流出し、それに対抗して米国のエンジニアの収入もどんどん下がっていく。すると、優秀な学生の間では「稼ぐなら、やっぱりMBA」となってしまう。

    Gates氏はグローバリゼーションを支持する立場から、企業が海外に人材を求めることを単純に非難する行為に疑問を投げかける。非難の言葉の底辺に、"米国だけが革新性を生み出せる"という危うい自負が感じられる時があるという。ハイテク産業が請け負う市場の規模は、大きなビジネスチャンスを生み出すが、それは世界中のエンジニアにとって平等なチャンスである。それを認識した上で、「米国は、そのメリットを生かして競争力を高めることをまず考えるべきだ」と指摘する。まずは大学システムの強化。そして、過去のXerox PARCやBell Labsの成功を例に、企業のR&D投資の重要性を説く。学生の間からは「ビジネスマンの言い訳だ」というような声がブツブツと聞こえてくるが、理にかなっているだけに、面と向かっては批判できない。

    もし今、Gates氏が学生だったら、専攻は何を選ぶか?

    会場から「MBAに行くよな」という声が上がる中、コンピューターサイエンスとバイオロジーのダブルメジャー(ふたつの専攻を同時進行)にするとGates氏は言う。過去40年、ソフトウエアは表現力という点で停滞していることから、バイオロジーとコンピューターサイエンスの知識を併せ持つ人材が、今後技術を躍進させられる可能性が高いと述べる。「自分には、このふたつは姉妹分野に見える」とGates氏。この辺りの話になると、学生たちはちゃかすのを忘れて、話に集中してしまう。

    ちなみにこの日、Gates氏はUCバークレーの講演を終えた後、サンタクララに移動して、Community Foundation Silicon Valley(CFSV)の昼食会で講演。最後はマウンテンビューにあるコンピューター・ヒストリー博物館でスタンフォード大学のジョン・へネシー学長と対談主体の講演を行った。わずか1日で、プレスが立ち合う講演だけでも3つ。101号線行脚と呼べるようなハードスケジュールだった。

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