【コラム】

シリコンバレー101

90 シリコンバレー流の夏の祭典「Music@Menlo」

    山下洋一  [2004/07/20]

    ニューヨークに住んでいたときは、毎年夏になるとマサチューセッツ州レノックス郊外のタングルウッドの森を訪れていた。一流の音楽家が集まる米国でも有数の音楽祭が開催される。小澤征爾がウイーンに移るまで活躍していた場所としても有名だ。

    日本人の多くは、最初は"世界のオザワ"を目的にタングルウッドを訪れていた。だが、一度タングルウッドを体験すると、小澤征爾とは関係なくまた行ってみたくなる。

    「シェッド」と呼ばれるメイン・コンサート会場は、野球のグラウンドのような形をしていて、ホームベース部分にステージがある。内野部分が屋根のある椅子席となっていて、料金もそれなりに高い。外野部分は、料金の安い芝生の立ち見席だ。だが、人気のあるのは芝生席の方である。飲み物や食べ物は持ち込み自由。だから、誰もが好きなワインや食べ物を目一杯持ってきて、場所取りをし、ピクニックを楽しみながら時間をかけて開演を待つ。演奏が始まるまでは日本の花見のような賑わいだ。開演しても、非常にリラックスした雰囲気で一流の演奏を楽しめる。個人的におすすめは昼よりも夜のプログラムだ。街の明かりに害されない夏の星空の下で聴く演奏は、屋外の音響の悪さを補って余りある雰囲気を創り出してくれる。

    さて、シリコンバレーに移ってきた今でも、夏の音楽祭は楽しみのひとつだ。ベイエリアには、西海岸でも指折りのサンフランシスコ交響楽団がある。同響では、70年から76年まで小澤征爾が指揮者・音楽監督を務めていた。これまた日本人にはなじみのあるオーケストラのひとつだ。

    Music@Menloのメイン会場となるStent Family Hall

    サンフランシスコ響は、メインシーズンのみならず、メンバーによるオフシーズンの活動も活発だと聞いていたので楽しみにしていた。中でも、今年注目しているのが2回目を迎える室内楽の音楽祭「Music@Menlo」(7月29日~8月15日)である。

    名前に"@"マークが入っているように、Music@Menloには"シリコンバレーの音楽祭"という要素が含まれている。以前、ロック/ポップを中心にライブ演奏をデジタル録音し、すぐにCDに書き込んで販売するインスタント・ライブが増えていることを取り上げたことがある。Music@Menloも演奏をすべてハードディスクに録音し、独自レーベルからCDとしてリリースしている。昨年の音楽祭からは27枚のCDが誕生した。ただし、その場で録音CDを販売するのではなく、じっくりと時間をかけて編集する。クラシックという音楽の性格から、演奏の雰囲気を伝えると共に、音楽としての完成度も要求されるためだ。だから、リハーサルも本番同様に録音して、本番で観客席から思わぬ雑音が入ったり、演奏者が失敗してしまった箇所はリハーサル録音を採用する。演奏者には、リハーサルでも本番さながらの緊張感のある演奏が求められることになり、リラックスした雰囲気になりがちな夏のフェスティバルではあるが、全般的に完成度の高い演奏となるそうだ。

    プログラムを見ても、タングルウッドのようにヨー・ヨー・マや五嶋みどりなど、人気の演奏家は名を連ねていない。アーティストは一般的には知られていない人ばかりである。だから、参加アーティストがCDを売るには、日頃からファミリーコンサートやホリデーコンサートに参加するなどプライベートな営業活動が必要。逆に考えると、地道な地元住民との交流がCDの売上げとして実を結ぶというやりがいがある。また、大手レーベルにとってクラシックはあまり儲かる市場ではなく、よほどの知名度がなければCD販売には至らない。Music@Menloは、無名アーティストでもCD販売をビジネス的に成立させられる可能性を秘めており、その点で地方の楽団で地道に活動する演奏家から注目されるプロジェクトとなっている。

    今年のプログラムは、「地理的な観点から楽しむ室内楽」で、週ごとにイタリア、ウイーン、フランス、東欧、ロシアなど、それぞれの土地が生み出した音楽を紹介する。メインのコンサート以外に、研究者による解説、ワークショップ、さらに若手による演奏会が用意されるなど、参加するだけで理解を深められるプログラムとなっている。一般の観客にとっても大学の講義のようなプログラムであり、気楽に楽しめるタングルウッドとはずいぶんと異なった雰囲気だ。音楽祭と言えど、学ぶこと、自身を向上させることにどん欲で、時間を無駄にしないのは"シリコンバレー流"なのかもしれない。

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