【コラム】

シリコンバレー101

52 環境にまつわるシリコンバレーの奇妙な話

山下洋一  [2003/09/30]

ホットスポットと言えば普通Wi-Fiとなるが、ウチの近所では地下水汚染地域の話題になる。というのも、昨年秋に米環境保護局(EPA)が、すぐ近所にあるMoffett Fieldを中心とした地域でのトリクロロエチレン(TCE)による危険値を以前の65倍に修正したのだ。で、そこがホットスポットと呼ばれている。EPAは「短期間で住民に害を与えることはない」としているが、誰もが「長期間ならどうなるの?」と思っているのは言うまでもない。

シリコンバレーには、政府から汚染除去の優先地域として指定されたスーパーファンド地区が30近く存在する。だが、実際に住んでいると、妙な感じである。煙を吐き出す工場が立ちならぶ工業地帯ではなく、どちらかというとお上品な住宅街なのに、スーパーファンド地区なのだ。

汚染の原因をたどっていくと70年代までさかのぼることになる。現在はクリーン化が最優先されているものの、まだ工場やラボが多かった頃のシリコンバレーは、急速な成長の中で環境問題にまで対応できなかったのだ。さらに、その後のドットコムブームが、ここに奇妙な価値をつけてしまった。

70年代からシリコンバレーで操業している企業にとっては、非常に気がかりな訴訟がサンタクララ郡で起こされた。IBMのサンノゼ工場で長期間にわたって働いていた元従業員4人が、発ガン性のある化学物質に触れる可能性を知らせていなかったと訴えているのだ。

原告側からの依頼で、ボストン大学の研究室が1969年から2000年の間に亡くなった3万人以上のIBM従業員を調査した。その結果、白血病や乳ガンなど、特定のタイプのガンにかかる確率の高さが指摘されている。IBM側は労働環境の危険性を否定し、調査に対しても科学的な根拠に基づいていないとしている。同社もアラバマ大学の研究室に調査を依頼しているが、その結果は明らかにされていない。IBM側は訴訟の取り下げを請求しているが、認められなかった場合は、10月から裁判が始まる。

IBMが主張する通り、労働環境とガンの因果関係を証明するのは難しい。対象者の年齢、性別、遺伝的要因、食習慣、運動量、アルコール摂取や喫煙習慣など、様々な要因が絡んでくる。だが、これまでのケースを例にすると、裁判前に和解が成立するというのが大方の予想だ。というのも、IBMはサンノゼ工場だけで36件の訴訟を抱えており、もし敗れるようなことになれば、大規模な集団訴訟に巻き込まれる可能性が高い。米国ではたばこ産業の例もあるだけに、この手の訴訟では訴えを否定しながらも、穏便に済ませるのが企業側の戦略となっている。

一方、原告側にも、こんな訴訟を起こしているのに、ガンの原因を徹底的に追及しようという姿勢が見えない人もいる。IBMに対する訴訟でも、原告のひとりは勤続25年記念にもらった時計を今でも大事にはめている。周りから見ていると不思議な感じがするが、シリコンバレー独特の企業と従業員の関係も手伝って、この問題は核心に触れられることなく長い年月を経てきた。

ただ、このような状況も90年代後半以降の住民によって変わろうとしている。ウチの近所に引っ越してきた人に地下水汚染の話をすると、ほとんどが激怒する。「クリーンだと思っていたのに…」、「高かったのに…」と悔しがる。そして気持ちが落ち着いた頃に「自分には知らされる権利があったはずだ」と主張し始める。

このような地域の動きが、今回の裁判をこれまでとは違うものにする可能性があるのだ。工場の労働者が自分たちの扱っていた有害物質について知る権利や、そして地域住民と工場の協力関係の中での「地域の知る権利」を尊重しようという意見が高まっている。例え今回実現しなかったとしても、近い将来、問題の核心に触れるときが来るだろう。

地元では、業界がクリーン化に進んでいるときに、不公平に過去を掘り返すのはどうだろうかという意見が出ている。地域の発展をまず考えようという声もある。おそらく、それがシリコンバレー的な考え方なのだろう。危うさを伴いながらも、常に前向きである。ただ、この件に関してはどうだろう。地下水汚染のホットスポットに指定された地域では、次々に売り家が出ている。本当の発展を願うなら、労働者、地域、そして消費者、すべての知る権利を満たすことは不可欠だと思う。

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