【コラム】

シリコンバレー101

1 職はあっても家がない、決死のシリコンバレー生活

山下洋一  [2002/09/03]

サンフランシスコの南約50キロ、ロサンゼルスの北約620キロに位置するシリコンバレー。11都市から成るサンタクララ・バレー一帯の呼称である。実際の地名ではないため地図にその名前は記載されていないが、地図上のどの街よりもシリコンバレーという呼び名の方が有名である。

シリコンバレーは、1800年代後半に農業地帯として発展し、第二次世界大戦中に多くの技術・科学者が移り住んできたのをきっかけに、テクノロジーの街として変貌を遂げ始めた。そして1960年代以降のマイクロエレクトロニクス企業の台頭によって、いわゆる"シリコンバレー"が誕生したのだ。

シリコンバレー周辺は、名門スタンフォード大学を中心に教育機関も充実している。大学と企業の垣根が低く、産学連携によるプロジェクトも活発だ。それが最先端の分野で活躍できるような技術・科学者を育む環境となっており、新しい市場の創造を目指すシリコンバレー企業がこの土地で生まれる原動力ともなっている。また、移民を快く受け入れる土地柄であることも、アメリカンドリームに燃える技術者や研究者を集める結果となった。

この街を初めて訪れた人は、誰でものんびりとした場所だと思うようだ。車でちょっと走ればカリフォルニアワインの産地であるナパ・バレーがある。豊かな自然が身近にあり、かと言って生活に不便を感じることもない。だから、「こういうところに移り住んでみたいですね」と言う人も多い。だが、そう思ってくれるのもアパートの家賃を教えるまでだ。90年代後半以降、いわゆるインターネットバブルの影響から、この街の歯車は狂っている。

95年に600ドル前後だったワンルームの家賃は、97年に900ドル前後に上昇し、そしてピークの2000年末には1,000ドル前後からとなった。1LDKの場合、95年には800ドル前後だったが、97年に1,200ドル前後となり、2000年末には1,600ドルでも条件が厳しくなった。家賃だけを見れば、全米一の過密都市マンハッタンを上回っている。もちろん賃貸だけではなく、売買物件の方も同じようなペースで上昇している。

そのバブルぶりを現しているのがホームレスの数である。この街には他の街とは違ったタイプのホームレスがいる。Emerging Housing Consortiumによると、90年代後半以降、サンタクララ郡では毎年15,000人から22,000人のホームレスが確認されている。しかも、そのうちの4割前後がちゃんとした職を持っているのだ。もちろん理由は家賃の高騰である。ほとんどの大家が家賃の3倍以上の収入を賃貸の条件としているため、毎日働き、全米的には人並みの収入を得ていても、いつの間にか住む場所が無くなってしまうのだ。ホームレスにならないまでも、ガレージを借りて一家で住んでいるという人も少なくない。平均給与で劣るハイテク以外の分野の企業に勤める人、ハイテク分野でも若い技術者、そして移民にとっては苦しい状況である。

「この街で育った研究者・技術者がシリコンバレーで企業を起こし、さらに後進を育てる」という頭脳循環がシリコンバレーの強み。このままでは、そのサイクルも途切れてしまう。事態を重く見たサンタクララ郡は、信託基金を用意しするなどして、平均所得者層でも住宅を購入できるようにしようと懸命の努力をしている。最近では、バブル絶頂のころに投資目的で購入した人たちの物件が賃貸へと流れ、賃貸物件が以前よりも探しやすくなっているのが郡にとっては追い風だ。とは言え、まだまだ常識的な範囲からはほど遠く、とりあえずピークを乗り越えたという状況。10年・20年後にもシリコンバレーがこれまで同様の文化を維持できるかは、今後のバブル処理次第と言える。

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