今回は大日本印刷株式会社におじゃまします。DNPという略称でも有名な世界最大規模の印刷会社で、DNPが開発し、発展させている秀英体というフォントについて取材します。

フォントを変えるだけで文章から受けるイメージががらりと変わったりしますよね。フォントにどんな数学的な秘密が隠されているのか楽しみです!

-お話を聞くのは、秀英体開発室の伊藤正樹さんと宮田愛子さんです。伊藤さん、宮田さん、本日はよろしくお願いいたします。

伊藤さん:よろしくお願いいたします。

伊藤正樹さん

-今日は文字フォントと数学の関係について、お話をうかがいたいと思います。開発したフォントは秀英体というのですね?

伊藤さん:はい。秀英体の元は、DNPの前身となる秀英舎が明治時代に開発した活字なんです。100年以上にわたって出版分野を中心に利用されているフォントなんですよ。

秀英体が使われている書籍

-歴史のある文字フォントなんですね!

宮田さん:ただ、100年前とまったく同じというわけではありません。印刷方式の変遷にあわせて秀英体もアップデートを続けてきました。

伊藤さん:私たちは秀英体の開発室で、文字の設計を行っています。活版印刷から写植、そして現代のDTP(Desk Top Publishing)と印刷は進歩してきました。ただ、当初は金属活字としてインクをつけて印刷することを考慮して開発されていたので、デジタル時代に合わせた改刻が必要になってきました。

秀英体の金属活字

宮田さん:このリニューアルプロジェクトを弊社では「平成の大改刻」として、2005年から7年をかけて実施していました。

伊藤さん:私たちの仕事は、秀英体の開発を続けて、これからもみなさまに親しまれる書体であり続けるようにすることです。

-秀英体の特徴というのはどんなものなのでしょうか?

伊藤さん:秀英体には大まかにわけると明朝、角ゴシック、ゴシック体の3つのバリエーションがあります。

宮田さん:デザイン上の特徴としてわかりやすいのは、明朝のひらがなですね。

伊藤さん:ひらがなの「い」を見るとわかりやすいですね。秀英体の「い」は、ほかの明朝と違ってひと筆書きになっています。

-暖かみのある印象を与えますね! 「和」という感じが強いです。

宮田さん:角ゴシックや丸ゴシックに関しても、筆で書いたような独特の味わいを残したものになっています。

-ゴシックにも筆文字の味わいが継承されているんですね。こうして見比べてみると、受ける印象が全然違いますね。

伊藤さん:職業がら、電車内の広告の文字などは常にチェックしてしまいますが、おかげさまでリニューアルした秀英体はいろいろなところに使われています。

-私もひと筆書きの「い」が使われている広告や雑誌を探してみますね! この秀英体の開発は具体的にどのように行われているのでしょうか?

伊藤さん:秀英体が用意している文字セットはアドビシステムズ社のAdobe Japan1に準拠しています。このセットには、現在23,058字が含まれています。

文字セットの一覧

-ものすごい数ですね…。もしかしてそれを全部1つずつ開発しているというわけですか?

宮田さん:そのとおりです。漢字などは部品の構成を変えるだけで作っているのではなく、1つひとつ人間の感覚でデザインしています。

-同じ部首をもつ漢字でも、見やすさのために1つひとつデザインしているんですね!

伊藤さん:ここからは数学的な要素が入ってきますが、私たちが文字をデザインするときに使用するエディタには「ベジエ曲線」が使用されているんですよ。

-線分の上にある点を動かしながら、なめらかな曲線を導き出していく曲線ですね! ベクトルと微分が使われているんですよね。ベジエ曲線は、コンピュータのグラフィックソフトで曲線を描くときのシステムとして、よく使われていますね。デザインをするときに、しっかり数学が役立っているわけですね。

宮田さん:また、文字をデザインする際には図形のおもしろさを感じることも多いですよ。「我」という漢字の横棒は、すこし右上がりに作られていますが、まっすぐに見えますよね。これをまっすぐにしてしまうと、逆に下がって見えてしまう。人間の視覚にあわせて、バランスを考慮しながらデザインしなければいけません。

-ほんとうだ! 不思議ですね!

伊藤さん:「田」という漢字もおもしろいですよ。4つの四角の面積は全部違うんです。

-手で書くときもそうしますよね。単純に図形を組み合わせるだけでは表現できない部分があるんですね。

宮田さん:また、それぞれのフォントには文字の間隔を調整する、文字詰め情報が数値として入っています。文章として組んだときに、バランスよく文字を配置するためにこの文字詰め情報は重要なのです。

-フォントの中に数字の情報が入っているわけですね。さまざまな数字が組み合わさることで、私たちがふだん広告などで目にしている文章組みができているんですね。ところで、お2人は学生時代、どのような勉強をされてきたのですか?

伊藤さん:私は芸術系の大学でグラフィックデザインを学んだあと、DNPに入社しました。最初は壁紙や木目模様などのデザインを担当し、その後、秀英体の部署でフォントの開発に携わるようになりました。

宮田さん:私は情報処理を学んできたので、デザインを専門的に勉強したわけではありません。どちらかというと数学よりの勉強をしてきました。

宮田愛子さん

-人間の感性と、それを規定する数字によって、フォントが作られているんですね。これからも秀英体の開発を続けていくわけですよね?

伊藤さん:そうですね。たとえばウェブサイトで使われるウェブフォントの開発などが、今後の課題となってきそうですね。どのウェブブラウザで見ても、同じように表示できるウェブフォントの必要性は高まっていますからね。

-今後の秀英体の発展、期待しております。本日は貴重なお話をありがとうございました!

ふだん何気なく読んでいる本や広告の文字ですけれども、その文字の1つひとつに伊藤さんや宮田さんのような方たちの尽力があることが分かりました。

人の感性と数学によって、見やすく美しい文字が作られていたわけですね。今日のお話を聞いたあとだと、広告やポスターなどに使われているフォントを注意して見てしまいます。

文字と数学の関係、とても勉強になるお話でした。

今回のインタビュイー

伊藤 正樹(いとう まさき)(左)
大日本印刷株式会社
C&I事業部
メディア本部 秀英体開発室
シニアエキスパート

宮田 愛子(みやだ あいこ)(右)
大日本印刷株式会社
C&I事業部
メディア本部 秀英体開発室
エキスパート

大日本印刷株式会社:秀英体

このテキストは、(公財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。

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