数学とは無関係に見えても、実はとても深いつながりがあるお仕事があります。保険会社の業務もそんなお仕事の1つではないでしょうか。保険と数学の意外な関係を、第一生命保険株式会社にお勤めの江藤英樹さんと奥谷翼さんのお2人にうかがいました。

―本日はよろしくお願いします。まずはお2人の業務内容について教えていただけますか?

江藤さん:私たちは保険数理に関わるアクチュアリーという仕事をしています。たとえば、生命保険の商品設計というものは、お客さまからいただく保険料を、1回あたりどれくらいいただけば保険金の支払いに過不足が生じないか、ということを考えなければいけません。どれくらいの確率で保険金のお支払いが発生するのか、ということですね。

さらにいただいた保険料も運用によって増えていくので、その増えていくぶんも合わせて考えなければならないんです。

奥谷さん:将来お客さまからいただく保険料と、お客さまにお支払いする保険金が等価にならなければいけないという「収支相等の原則」があり、それに基づいて保険商品を作ります。それが江藤の担当している業務の1つです。

私は主に、その商品が世に出て行ったあとにどのような収支を生み出していているか、健全かどうかを確認する仕事をしています。

江藤さん:一般的に保険商品は売れれば売れるほどイニシャルコストがかかり、最初は赤字になります。ただ単年度で見ると赤字になっていても、将来的には利益を生み出せる商品です。

だから将来どのようにして利益を生み出していくのかを計算するということも行っています。

―数学とは絶対に切り離せないお仕事というわけですね。

奥谷さん:けれども他部署の社員やお客さまにおいては、全員が保険数理を深く理解しているわけではありません。仕事を進めるためには、正しい内容を相手にとってわかりやすい言葉で伝える必要があります。

江藤さん:アクチュアリーという仕事にはそういった伝えるためのスキルが求められますね。いかに噛み砕いて、いかに正確に説明するか、ということです。

―自分が伝えようとするものを良く理解していなければいけませんものね。とても大切なことですね。お2人は学生時代はどのような勉強をしていらっしゃったんですか?

江藤さん:たまたまですが、2人とも専攻していたのは地球科学です。私は地球電磁気学の研究をしていました。みなさんがよく知っているオーロラなどが研究対象になります。

GPS衛星による観測結果をもとに、実際の上空の様子がどうなっているのかを、大きな連立方程式を解いて調べる研究をしていました。

奥谷さん:私は地震学を専攻しており、確率モデルを使って将来の地震の発生率を見積ったりしていました。

保険会社は数学科出身者が多いのですが、その中で2人とも地球科学を専攻していたのは珍しいことですね。

―数学と保険会社が深い関係にあることって世の中ではあまり知られてないですよね?

江藤さん:意外と世間では知られてないですよね。最近は保険数学という授業を開講している大学も出てきていたり、アクチュアリーの資格試験を受ける大学生も増えてきていて、数学科の進学先としては少しずつメジャーになってきてはいますね。

―やはりお2人は昔から数学が得意だったんですか?

江藤さん:小・中学生のころは数学は苦手でしたね。因数分解とかすごく苦手だったんです。でも高校に進学して、三角関数に出会いました。どうやらこれを使えばいろんな三角の角度とか大きさを計算できるらしいと知って、そのあたりから急におもしろくなりましたね。

もともと宇宙も好きだったのですが、実際に測れない星の距離も三角関数などを使って計算しているらしいということを知り、こいつはすごいなと思うようになりました。

奥谷さん:私は数学がすごく得意でしたね。高校時代は地元トップレベルくらいでした。でも大学に入ってみると上には上がいて、数学じゃかなわないなあ、と思ったんです。それに大学の数学は高校数学と違って、概念を問うなど抽象的になってきて、あまり趣味に合わなかったんですよね。一方で物理学には、数学を用いて世の中で起こっている事象を記述するという魅力を感じました。そこで地球物理分野に進むことにしたんです。

―江藤さんと奥谷さん、お2人ともそれぞれ数学のおもしろさに気づいたきっかけが違うんですね。

奥谷さん:保険数理だけでなく、数学を通して学んだことは日々の業務の中で生かされています。たとえば、数学の問題を解く時には、事前にある程度道筋を立てて、その都度、検証しながら解きますよね。

仕事においても分析や試算を行う前には仮説を立て、それを検証しながら進めるようにしています。これを繰り返すことにより、次第に直感が働くようになります。

江藤さん:仮説を立て、道筋をつかむ感覚はどんな場面でも大事ですね。

―お話のように、生活と密接に関わっているのが数学ですが、これを教育するとなるとなかなか難しいことも多いようです。数学を教えるということに関して、お2人は何か思うところがあったりしますか?

奥谷さん:せめて学校の先生には、なんで数学を勉強しなければいけないの? と聞かれた時に、どういう形であれ、きちんとした答えを持っていてほしいなと思います。

江藤さん:公式に与えられた数字をあてはめていけば答えが出る、という説明で終わるのは残念ですよね。その分野の数学がどういう分野に応用されているか、別の分野にどうつながっていくか、という背景にある知識まで教えてあげてほしいですね。

たくさんの公式を詰め込むと、どれにあてはめて良いのかわからなくなってしまいますよね。そうすると、何のためにやっているのかわからなくなって、数学が嫌いになってしまう人が多いんじゃないかと思います。

―今日はお忙しい中、保険と数学の関わりのお話をありがとうございました!

お2人のお話から、私たちの生活になくてはならない保険商品には、数学が密接に関わっていることを知ることができました。お2人は数学を業務で使用するだけでなく、考え方としても応用しているようで、生活の中の数学をまたひとつ知ることができました。江藤さん、奥谷さん、保険と数学のお話ありがとうございました!

今回のインタビュイー

江藤 英樹(左)
1984年京都府長岡京市生まれ。
京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻修士課程修了。2010年に第一生命保険株式会社に入社。現在は主計部で決算業務、商品開発業務など、保険数理に関わる業務に従事。趣味は旅行と天体観測。

奥谷 翼(右)
1987年宮崎県川南町生まれ。
東京大学理学部地球惑星物理学科卒業。2010年に第一生命保険株式会社に入社。現在は主計部で責任準備金の算出や将来収支分析に従事。自然現象に興味があり、南極で越冬することが将来の夢の1つ。

このテキストは、(公財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。

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