アートにおいて必要な数学をわかりやすく伝えてくれる書籍『アートのための数学』の著者、牟田淳さん。牟田さんは東京工芸大学で一般教養として理系科目を教えています。

今回は牟田さんに、アートと数学の関係をお聞きします。

―本日はよろしくお願いします。牟田さんはこちらの大学で一般教養として、理系科目を教えられています。まず、東京工芸大学はどのような大学なのですか?

東京工芸大学は、もともと小西写真専門学校という写真学校がルーツです。今では映像やデザイン、マンガやゲームといったメディア芸術も幅広く教えていますが、それらメディア芸術の基礎に数理的な知識は必要です。

なので、私が理系科目を担当しているというわけです。

―牟田さんご自身はもともとアートに興味があったのでしょうか?

もともと私は理系でしたし、理系の一般教養を教えるためにこちらに赴任してきたので、最初はアートへの興味はあまりなかったんです。2003年に来たときに初めてアートについて勉強し始めましたね。

ところがメディア芸術の時代なのに、学生にわかりやすくデジタル的な知識を教える本がないことに気がついたんです。だから1から教科書を作らなければいけなかったんですね。「アートとしての数学」は、その教科書の第1弾として作った本です。

―なるほど。デジタルの知識がなければアートの分野でも戦えない時代というわけですか

そうですね。だからこの本はこれからメディア芸術の製作に学生が携わるうえで、どういう数理的知識が必要なのかを考えながら作りました。実際に私も雪の結晶や天体などの写真を撮るようになりましたね。オーストラリアのエアーズロックまで天体写真を撮りに行ったりもしました。

―すごいアクティブですね! 理系と言いましたが、学生時代はどのような勉強をされていたんですか?

大学では原子核理論を学んでいました。

―原子核理論を専攻するきっかけはあったんですか?

中学校のときにアインシュタインの「物理学はいかに創られたか」という本を読んで感動したんです。それがきっかけで物理の道を志しました。

―現在、牟田さんがご自身でされている研究はあるんですか?

今は主に「形」に関する研究など、サイエンスとアートに関する研究をしています。例えば、長方形と正方形が並んでいるとき、どっちが「かわいい」と思いますか?

―正方形がなんとなくかわいい気がしますね

そうですよね。正方形の方がかわいいと思う人が多いと思うんです。そのような人が感じる「感覚」を、多くの人からデータを集めて調査しているところです。3年ほどの計画です。本当に美しいものとして、黄金比で作られた図形を選ぶのか、とかですね。

―とてもおもしろそうですね!

このような「感覚」も実はちゃんと数理的なものに分解できたりするんです。これがアートと数学を考えるうえでは重要なことですね。

―他にはどういったものがありますか?

音について考えてみましょう。ギターを考えてみてください。弦を押さえる位置をギターの本体に近づけていって、弦がふるえる長さを短くしていくと、高い音が出るようになりますよね。つまり空気をふるわせる弦の振動数が増えると、高い音が出るわけです。逆に振動数が小さい音は低い音というわけですね。この振動数とは周波数のことです。つまり「ドレミファソラシド」と音階が上がっていくときは、音の周波数が大きくなっていくことになります。

―なるほど。ギターで考えると音が空気の振動であることがわかりやすいですね。でもピアノの「ド」とハーモニカの「ド」は印象が違いますよね?

それは音色の違いです。今度はこの音色の違いがなぜ発生するのか考えてみましょう。簡単のために音叉の音をドの音としましょう。このとき音叉をつかって「ド」の音を出せば、その周波数は440Hzだけです。しかし、ギターの音は色々な周波数、つまりさまざまな高さの音が混じり合っているのです。同じ「ド」でも同時にさまざまな高さの音を出しているんですね。これが音色を決定しています。

このように分析すれば、音を高低だけではなく、成分から考えることが可能になります。シンセサイザーなどの電子楽器での音作りでもこの考え方は役に立つでしょう。

―電子楽器で本格的に音楽を製作しようとする人には必須の知識ですね。写真もデザインも、よく考えれば基本は数学ですからね

写真はレンズの画角やセンサの大きさなどを計算しなければいけませんし、デザインにおいても色というのは関数で決まります。芸術というのは感覚が第一のように思われていますが、作品を作る技術のためにも理数の知識は絶対に必要ですね。

―もっと数学とアートが近づいてほしいですね。本日は貴重なお話ありがとうございました

感覚や感性といった言葉で語られることが多いアートという分野。しかし、牟田さんのお話で、理数の知識によって成り立っている部分も非常に多いことがわかりました。

アートを作る側だけでなく、私たちのように鑑賞したり利用したりする側にも、理数の知識があればより深く知ることができるのでしょう。分野を横断することによって見えて来る世界。芸術系の大学という場所で、牟田さんはそのことを伝えようとしているように思えました。

牟田さん、アートにおいて重要な役割を果たす数学のお話、ありがとうございました。

今回のインタビュイー

牟田 淳(むた あつし)
1968年東京都生まれ。東京大学理学系研究科物理学専攻博士課程修了、理学博士。
2008年から東京工芸大学芸術学部 准教授。

東京工芸大学

このテキストは、(財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。

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