連載コラム「人に聞けない相続の話」では、相続診断協会代表理事の小川実氏が、その豊富な実務経験をもとに、具体的な事例を挙げながら、相続の実際について考えていきます。


【ケース6】

平成26年3月、数年前から患っていた病気が原因で母が亡くなりました。

享年75歳、仲の良い息子2人が揉めるはずもないし、相続税も関係なさそうだしと「遺言書」などは特に残していませんでした。

長男「自宅は自分が取得し、現預金を次男が取得するしかないだろう」。

次男「母親の財産は、法定相続分である2分の1ずつきっちり分けたい」。

母親の財産は、長男家族と同居していた東京の自宅5,000万円と現預金1,000万円の合計6,000万円。

両者の主張は妥協点を見いだせず、母親が亡くなって、すでに半年が経過していました。 次男の要求を満たすためには、自宅を2分の1の共有にし、1,000万円を500万円ずつ分けるしかないのでしょうか。


【診断結果】

相続がもっとも"争族"になりやすいのは、遺産が「自宅と現預金少し、相続人複数」というケースです。

遺産の大部分が自宅の場合、相続人間で平等に遺産を分けられないので、揉めてしまいます。

本事案では、長男が妻と2人の子供と一緒に母親と同居し、数年前から少し体が不自由になった母親を長男家族が親身になって世話をしていました。

10年ほど前にガンで父親が亡くなってからは、長男が家の大黒柱として家計を支え、古くなった家のリフォーム費用なども支払っていました。

母親の生活も長男がすべて面倒を見ていましたので、長男としては、自宅以外のその他の現預金などは次男に譲っても良いが、自宅は自分が引き継ぐのが当然であると考えていました。

一方、次男は、大学卒業後、大阪で就職・結婚し2人の子供と暮らしていましたが、勤務していた会社がリーマンショックの後遺症から立ち直れず、年収も下がり、妻もパートに出るようになっていました。

長男から提案があった分割案は、自宅5,000万円を長男、現預金1,000万円を次男が取得することになっており、次男には不利な遺産分割案でした。

長男が母親の面倒を看ていたこともわかっているので、長男と揉めたくはないという気持ちもありながら、5,000万円対1,000万円は、何も言わず印鑑を押すには金額の差が大きすぎる気がしていました。

長男と仲違いしたいわけではないので、率直に勤務する会社の状況を長男に伝え、法定相続分をもらいたい意向を伝えました。

長男も次男の状況に理解を示したものの、自宅を2分の1に分ける事も出来ず、かといって長男から2,000万円の不足分を支払うあてもなく、着地点が見えず膠着状態が続いていました。

「代償分割」とは?

この様な状況の場合、「代償分割」という方法があります。

長男が、自宅をもらう代わりに、次男に長男の財産を渡すという方法です。

実際に、次のような会話をしました。

小川 : 「弟さんの希望は、何でしょうか? 2分の1の財産をもらう事ですか? 自宅の2分の1の持分をもらって、希望はかなえられますか?」

次男 : 「年収が下がって、かなり家族に負担をかけているのを少しでも家族を楽にさせたい。長男家族が母親の面倒をずっと見てくれていたので、事を荒立てたくもない」。

小川 : 「それなら自宅の2分の1の持分をもらっても、自宅を売却でもしない限り、弟さんの希望はかないませんね。現預金1,000万円を分け2分の1の500万円を受け取る事も希望に逆行します。2分の1の持分をもらい自宅を売却すると、20%の税金が引かれるので、弟さんの手元に残るのは、2,500万円の80%=2,000万円。500万円の現預金と合わせて手元に残るのは、2,500万円です。しかもいつ売れるかわからないし、兄弟が育った家が無くなり、住むところを無くしたお兄さん家族から恨まれてしまうかもしれません。自宅はお兄さんに渡し、その代り、現預金1,000万円とお兄さんから代償金として、1,500万円受け取ってはいかがでしょう?」

長男 : 「1,500万円の現金は、とても用意できません」。

小川 : 「1,500万円は、一括じゃなくても良いのです。100万円ずつ15年で渡してはいかがでしょう?」

長男 : 「それなら支払えます」。

結局、

長男は、5,000万円の自宅を相続する代わりに、100万円×15年次男に支払う。

次男は、現預金1,000万円相続し、100万円×15年受け取る。

という条件で遺産分割がまとまりました。

長男の相続した金額は、5,000万円-1,500万円=3,500万円

次男の相続した金額は、1,000万円+1,500万円=2,500万円

受け取った金額は、1,000万円の差がありますが、長男も次男も大変満足し、これからも仲良く助け合って生きていく約束をしました。

自宅が遺産の大部分を占める場合には、分けられないために"争族"に発展することも多いのですが、兄弟がお互いの立場を理解し、譲り合いの気持ちで遺産分割の交渉をすることが出来たので、大切な財産と家族を守ることが出来ます。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

執筆者プロフィール : 小川 実

一般社団法人相続診断協会代表理事。成城大学経済学部経営学科卒業後、河合康夫税理士事務所勤務、インベストメント・バンク勤務を経て、平成10年3月税理士登録、個人事務所開業。平成14年4月税理士法人HOP設立、平成19年4月成城大学非常勤講師。平成23年12月から現職。日本から"争族"を減らし、笑顔相続を増やす為相続診断士を通じて一般の方への問題啓発を促している。相続診断協会ホームページのURLは以下の通りとなっている。

http://souzokushindan.com/