マンチェスター・ユナイテッドの成功が、サー・アレックス・ファーガソン監督による「規律の徹底」と「育成の重視」にあることはすでに述べた。

今回からは、「育成の重視」について述べていくが、今回の登場人物はファーガソンと"師弟"関係を結んだ、もう一人の名将である。

その名は、ジョゼ・モウリーニョ(ポルトガル国籍 / 1963年生まれの50歳)。世界的ビッグクラブ、レアル・マドリー(スペイン)を率いる彼は、みずからを「スペシャル・ワン(特別な男)」と名乗り、時として激しい舌戦を対戦相手やメディアとともに繰り広げる。師匠のファーガソン同様、「戦う男」のイメージが強い指揮官である。

「そんな人の振る舞いをわが社で真似たら、すぐに組織で浮いてしまうよ」というのが、普通のビジネスパーソンの方々の感想だろう。

だが、「育成の重視」というテーマで、あえてこのエキセントリックな名将を取り上げるのは、「育成=人を育てる」ことに最低限必要な「人の心をつかむ」術に長けているからに他ならない。

なぜ、モウリーニョは人の心をつかめるのか。

それは「戦う現場」では激しい気性をむき出しにする一方で、「身内にはとことん尽くす」細かな神経と繊細さ、心優しさを持ち合わせているからだ。

著者プロフィール

鈴木英寿(SUZUKI Hidetoshi)


1975年仙台市生まれ。東京理科大学理学部数学科卒。専門誌編集記者を経て、国際サッカー連盟(FIFA)の公式エディターに就任。FIFA主催の各種ワールドカップ運営に従事する。またベガルタ仙台(J1リーグ)のマーケティングディレクター、福島ユナイテッドFC(JFL)の運営本部長などプロクラブでも要職を歴任した。

現在は英国マンチェスターを拠点にイングランドと欧州のトップシーンを取材中。

Twitter: @tottsuan1

2013年4月12日付のイギリスの大衆紙『サン』は、モウリーニョの実に興味深い独占エピソードを紹介している。

この話の主は、アベル・ロドリゲスさん(41歳)。ロス・アンジェルスに住むメキシコ系アメリカ人は、熱狂的なレアル・マドリーのファンである。ファン熱が高じて、昨年の夏、レアルがアメリカでキャンプを張った際には、毎朝5時に起床。車で2時間かけて練習場に行き、ボランティアを買って出た。最初はボール拾いから。だが、その働きぶりが認められ、指揮官によってチームの用具係待遇となったのだ。もちろん、無給である。

時は流れて今年3月。

一部主力選手や地元メディアとの対立が深刻化したモウリーニョは、今季限りでのレアル監督退任が決定的と報道されていた。ロドリゲスさんは、いても立ってもいられなくなった。

「モウリーニョが監督のうちに、エル・クラシコ(※ レアル・マドリー対FCバルセロナによる、スペインを代表するクラブ同士の対決)を見られるのは、これが最後かも知れない」と思い立ったのだ。そして、長年この日のためにと貯めていた貯金を叩いて、マドリッドへと飛び立った。ちなみにロドリゲスさんの職業は、駅の清掃員。時給は日本円にして約750円。

だが、エル・クラシコは世界中が注目する大一番であり、ロドリゲスさんはチケットを入手できなかった。どうしていいか分からないまま、レアルの練習場に張り付くこと5時間。アメリカ西海岸から来た彼は、3月初旬のスペインの寒さを予想していなかった(これが初めてのヨーロッパ旅行だった)。警備員からは邪険な扱いを受け、薄着のまま練習場の外で凍えていると……奇跡は起きた。

「ジョゼが僕を発見して、運転手に止まれと言ったんだ。『止まってくれ。あいつはロス・アンジェルスから来たんだ!』って」

モウリーニョは、彼のためにチームと同じホテル(同じVIP級の待遇)の宿泊を手配。さらに、3月2日のエル・クラシコの試合チケットまで用意した。再会を果たしたこの日の夕方、二人はチームの夕食を前に会話を楽しんだようだ。

ロドリゲスさんは振り返る。

「最初は面食らったよ。でもそのうち、自分がチームの一員であるって思えるようになっていったんだ。僕らはいろんなことを話した。フットボールのこと、家族のこと、僕の旅のこと。ジョゼは、僕が長いことこの一戦を待ち望んでいたことを知ってビックリしていたよ」

かつてモウリーニョが指揮を執ったチェルシーの本拠地スタンフォード・ブリッ ジ

本拠地サンチャゴ・ベルナベウで、モウリーニョ率いるレアルはFCバルセロナを2-1と撃破。これで、めでたし、めでたし……ではなかった。

何とロドリゲスさんは、3月5日のチャンピオンズリーグ、マンチェスター・ユナイテッド戦にも招待されたのである。貯金を使い果たしてアメリカからスペインへとやってきたロドリゲスさんだったが、今度はスペインからイングランドへの旅をプレゼントされたのである。モウリーニョは、パスポートを取り上げ、携帯で写真を撮ってスタッフへとメールで転送。こう言って航空券の手配を急がせた。「彼は今、チームの一員になった」。

駅の清掃員は、こうして臨時スタッフとしてレアル・マドリーのオフィシャルジャージを支給され、チームと完全に同行することになる。

そして、レアル・マドリーはマンチェスター・ユナイテッドも敵地で破ることになった。「クリスチアーノ・ロナウド(ポルトガル代表)は、僕にウインクしたり、抱きついたり、肩を叩いたりしてくるようになったよ」

試合後、イレブンは次々とロドリゲスさんに抱きついたという。まるで彼が「勝利をもたらす幸運」だったかのように。

マンチェスターでの試合後、ロドリゲスさんはボランティアスタッフとして(まさしく夏のアメリカでの合宿所でやっていたように)、精力的に荷物運びなどを手伝った。

夢の終わりは、実にあっけなかった。チームはマンチェスターからマドリッドへと空路で移動後、それぞれが家路についたからである。ロドリゲスさんはモウリーニョの連絡先を知らない。それゆえ「感謝を述べたくて」いくつかの思い出の写真とともに、このエピソードを新聞記者に明かしたのである。

ビジネスは時として、人への感謝で始まり、人への感謝で終わる。

モウリーニョは、アメリカの地で汗を流してくれたボランティアの顔を忘れてはいなかった。そして影の功労者との偶然の再会を果たすと、持てる力を結集して恩返しをした。それが二つの大一番での勝利を呼び込んだのかも知れない。

自分の組織に尽くしてくれた仲間には、とことん尽くし返す。モウリーニョには、そんな古風とも言える義理人情がある。

そんな彼だからこそ、世界中どこに行っても、凄まじい結束力があるチームを短期間で組織し、次々とタイトルを獲得できるのだろう。

FCポルト(ポルトガル)、チェルシー(イングランド)、インテル・ミラノ(イタリア)、そしてレアル・マドリー(スペイン)。

モウリーニョは4つの異なる欧州リーグでリーグ優勝を果たし、FCポルトとインテル時代にはチャンピオンズリーグ優勝(欧州制覇)も経験している。

モウリーニョの指導を受けた選手で、彼の悪口を言う者は皆無に等しい。現代サッカー界を代表するこの名将は、最高の戦術家である以前に、最高の人間であるということだ。