マンチェスター・ユナイテッドのサー・アレックス・ファーガソン監督のマネジメントが「規律の徹底」と「育成の重視」にあることは前回述べた通りが、この回では「規律の徹底」について掘り下げたい。

ここでお断りしておくが、このコラムでの「規律」とは戦術用語としてのそれではない。

サッカー専門誌やスポーツ紙、スポーツ専門インターネット原稿等における「規律」はよく「ディシプリン(discipline)」という英訳があてがわれ、戦術用語として使用される。たとえば「現在のイングランド代表は4年前と比べると、守備において規律(ディシプリン)を欠いている」といったように。

だがこのコラムにおける規律は、むしろ「規律正しさ」や「きちょうめん」の「メソッド(method)」や「秩序」「体制」の「オーダー(order)」という意味合いだ。

どの組織管理にも、多かれ少なかれ「規律」が必要であることは言うまでもない。では、なぜビジネスパーソンにとって、プロサッカー監督の「規律」が参考になるのか。

まずは一般的なトッププロ監督の日常をベースにマンチェスター・ユナイテッドの規律を盛り込んで構成した、ファーガソンの日常をご紹介したい()。

※ 以下はあくまでも「参考例」であり、現実のファーガソンの日常ではない。ただし、すべて過去に起こった事実を基に書かれている。

著者プロフィール

鈴木英寿(SUZUKI Hidetoshi)


1975年仙台市生まれ。東京理科大学理学部数学科卒。専門誌編集記者を経て、国際サッカー連盟(FIFA)の公式エディターに就任。FIFA主催の各種ワールドカップ運営に従事する。またベガルタ仙台(J1リーグ)のマーケティングディレクター、福島ユナイテッドFC(JFL)の運営本部長などプロクラブでも要職を歴任した。

現在は英国マンチェスターを拠点にイングランドと欧州のトップシーンを取材中。

ある平日の朝。5時半か6時に彼は目が覚める。洗面所で顔を洗い、妻が作る朝食をとる。テレビをつけ、新聞を読み、今日の朝、どんなチーム情報がメディアを賑わせているかチェックする。7時半、自宅を出発。普通のサラリーマンと同じような出社時間だ。ファーガソンのような高齢監督であっても、車は自分で運転する。

8時、練習場に到着。トッププロ監督の多くが、誰よりも早く練習場に到着する。重役出勤という発想はない。工場長である監督は、商品である選手のすべてを観察するのだ。

8時から8時45分にかけて、コーチ陣とミーティング。この日のトレーニングメニューを確認。またクラブ専任の医療スタッフから怪我人の回復状態などに関するレポートをチェックする。

9時。この日は定例の記者会見が行われる。マンチェスター・ユナイテッドの場合、定例会見には招待された地元メディアしか出席できない。15分ほどで会見は終了。この会見では、予め「これは聞かないでください」と広報から釘を刺していた話題が挙がった。それは選手のプライベートに関するスキャンダルだった。会見後、広報に「あの記者はどこのメディアだ?」と聞く。その上で、向こう2週間の出入り禁止令を出すように指示する。また、今日の朝刊で読んだ二つの新聞に、自分のチームのある主力選手が移籍するという報道があった。その記事には、監督がすでに放出を決定したという憶測も書いてあった。この2紙の記者も2週間の出入り禁止にするよう、広報に指示する。

会見の様子

9時25分。練習開始5分前、一人のファンが駐車場に入り込み、練習場に移動しようとする選手をつかまえてサインをもらおうとしている。警備担当を呼びつけ、烈火のごとく怒る。すぐさま警備担当は飛んでいき、このファンに駐車場から出ていくようにお願いする。口調は極めて厳しい。そもそも、練習場の駐車場前には「サイン禁止」「ここから先には入っていけません」と書いてあるからだ。

9時30分。選手・スタッフが集合。全員が輪になって、監督の言葉を静かに聞く。余計な雑音は一切ない。メディアは冒頭10分だけ撮影が許され、その後はすみやかに練習場から去っていった。

その頃、お隣のマンチェスター・シティの練習場では(実はユナイテッドとシティの練習場はそれぞれ、カーリントンという土地の近接したエリアに位置している)、パパラッチが柵を乗り越え、レンズ越しに練習場での出来事を撮影していた。

すると、普段から素行に問題のあるシティのある主力選手が、監督に殴りかかった。その記事は翌朝、各紙の一面を飾ることとなる――。

どの企業でもそうだが、管理職は出社してから退社するまで、自分の時間がないと言われる。プロ監督もその例外ではない。ここでの例では、8時の出社からわずか1時間30分までの間で以下の人間と会っている。

  1. 練習場スタッフ(受付、清掃管理人も含む)
  2. 警備スタッフ(駐車場に至る道にも常駐、駐車場前、練習場入口、練習場内)
  3. トップチームコーチングスタッフ(ヘッドコーチ、アシスタントコーチ、分析担当など)
  4. 医療スタッフ
  5. クラブ広報スタッフ
  6. 地元メディア(新聞、テレビ)
  7. 練習場付近のファン
  8. トップチーム選手(20数人)

1時間半の間にこれだけの大人数と接しながら、クラブ内にあっては様々な決断を下して指示を与え、クラブ外にあっては質疑応答に応じ、再びクラブ内の現場に戻ってチーム強化に取り組んでいく。

マンチェスター・ユナイテッドの場合、ファーガソン監督と接するすべてのスタッフ、そしてメディアまでもが、その厳しい「規律」に緊張感をもって接している。

では、なぜそれほどまでにファーガソンは厳しい規律をもって、クラブを管理しているのか。そこには、「ブランド」死守にかける名将の執念があった。次号では「規律の理由」について考えてみたい。