なにも近年に限ったことではないが、鉄道事業の経営環境は厳しい。もともと鉄道というのは大量輸送に向いたところがあるので、それなりの需要がないと事業を維持するのは難しいのだが、ことに近年では大都市圏の事業者でも厳しさを増しているといえる。

経費節減の努力いろいろ

鉄道事業における経費節減というと、駅の無人化やワンマン化などといった人件費の削減施策を真っ先に思いつきそうだ。本連載の第58回で取り上げた「駅の遠隔管理」も、人件費の節減とサービス水準低下の抑制を両立させようとする努力の現れといえる。

また、編成両数や運転本数の最適化という手もあるのだが、これをやり過ぎると需要の取りこぼしにつながるリスクもあるので、どこでバランスをとるかは難しいところ。削減の度が過ぎると、縮小スパイラルに陥って抜け出せなくなる。

ところが実際には、それ以外にもさまざまな施策がある。例えば、目につきやすいところでは車両がある。

鉄道車両というのは意外と高いもので、1両でも億単位の商品になるのが普通だ。不可欠なものだが価格が高いので、可能なところはコストダウンを図りたい。そこで、異なる事業者間で標準化した設計仕様をまとめる事例が、都市部の事業者で目立つようになってきた。

また、地方のローカル線ではさらに徹底して、車両メーカーが提案する既製品に必要最低限の仕様変更を加える方法が一般的になった。あちこちの第三セクター鉄道で、似たような外見で塗装だけ違う車両が走っているのは、このためである。

こうした仕様共通化や車両そのものの共通化は、導入経費の節減だけでなく、その後の維持費節減にもつながると考えられる。事業者ごとに異なるハードウェアを使っているよりも、複数の事業者で同じハードウェアを使っている方が、ノウハウを共通化できるし、パーツの調達をやりやすい。パーツを製作する側から見ても、需要が増える分だけラインを維持しやすくなる。

事務仕事にはクラウド化が効くこともある?

もっとも、こうしたハードウェアがらみの経費節減だけでなく、形がない経費もいろいろある。総務・経理などの事務仕事だって、それなりに経費がかかる分野だ。

列車の運行に関わるところでは、車両の履歴管理、ダイヤグラムの作成、そこに車両や乗務員の運用を反映させた運行計画全般の作成といった業務がある。

ひょっとすると、業務の内容や分野によっては、個々の事業者がそれぞれ自前でシステムを構築する代わりに、クラウド・サービスにする選択肢が出てくる可能性も考えられる。

他所の業界でも同じだろうが、複数の事業者で共通する中核機能の部分だけでも共通化・共用化できれば、システムの構築や運用に関わる経費の節減につながる可能性が出てくるからだ。ただし、それが実際に成立するには、前提条件がいろいろありそうだ。

まず、机の上(紙の上)、あるいはコンピュータの中で完結できるような種類の業務でなければ、この手の手法は成立しづらいのではないかと思える。現場との連携が必要な分野、例えば運行管理みたいな業務は、おいそれとやり方を変えられないのではないだろうか。そもそも、現場とシステムをどう連接するかという課題がある。

そもそも、サービスを提供する側にとって事業が成立しなければならないので、複数の鉄道事業者が「それでやってみよう」と乗ってくれないと、サービスのローンチそのものがままならないだろう。

それだけでなく、長期に渡って継続的に、かつ安定してサービスを提供してくれないと困ってしまう。限られた業界の限られた業務を対象にするのであれば、おいそれと代わりはきかない。それに、気軽に(?)サービスが立ち上がったり消えたりしたのでは、多少の経費面のメリットなど吹き飛んでしまう。これは分野を問わず、オンライン・サービス全般にいえることだが。

しかも、共通化・共用化のメリットが大きいのは規模が小さい事業者だろうが、そうした事業者は投資可能な資金に限りがあるから、設備・人材面で多額の投資を必要とするようでは具合が悪い。

そしてもちろん、事業者ごとに「お家の事情」が異なる部分についてはカスタマイズできるようにしておく必要がある。経営環境も仕事のやり方も需要動向も事業者によってさまざまなのだから、単一のやり方を押し売りしてもうまくいかない。

コンピュータとネットワークでメリットを得られる分野

と、なにやら辛口な内容になってしまったが、コンピュータ化・ネットワーク化でメリットを得られる分野がいろいろあるのも事実だ。

例えば、車両ごとに記録する運用・検査・修理・改造の履歴。昔は紙の帳簿に書いていたから、その紙の帳簿がある場所まで出向かないと、過去の履歴を参照することができなかった。データをコンピュータに記録してネットワーク経由で検索できるようにすれば、遠隔地の駅や検修施設でデータを必要とした場合でも対応しやすい。特に、新幹線みたいに規模が大きく、しかも車両が広い範囲にわたって走り回っている場合には助かりそうだ。

利用者がいちいち意識することはない分野の話だが、電柱や橋脚などといった施設、あるいは分岐器を初めとする軌道関連の設備についても、管理用の番号を振ってあるのが普通だ。

よくよく考えれば、この手の施設も検査や補修の履歴を記録する必要があるし、資産管理という課題もある。分岐器であれば、構内で進路を設定する際の識別も必要になるので、名無しさんより名前がある方がいい。

そうなると台帳を作る必要があるので、昔なら紙の帳簿、今ならコンピュータ上のデータベースで管理するのは自然な成り行き。そうすれば、出先の作業現場からデータを参照するようなことも容易になる。

ただしその場合、ナンバリングのルールをどうするかという課題が生じる。どこに設置しているどんな施設なのかが、一目でパッと分かるようなナンバリングを行いたいからだ。

また、以前に第10回で取り上げた指定席券の販売については、いまさら説明するまでもないだろう。これを紙の帳簿に戻せといえば、たちまち破綻する。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。