自宅から職場に通勤するという立場にはないものの、仕事やプライベートで日本全国を飛び回っているから、鉄道による遠距離移動が占める比率は結構高いと思われる。そんな筆者自身は幸いなことに、大規模な運行障害に見舞われて、旅先で立ち往生した経験がほとんどない。

運行障害発生時に必要なのは……

せいぜい、「東北新幹線が福島県内の強風で運転見合わせになり、盛岡駅で数時間ばかり足止めされた」とか、「北海道で特急に乗って移動していたら、地震のために運転見合わせがかかり、数時間ばかり足止めされた」とか、「乗っていた特急が積雪と強風で遅延して、途中駅打ち切りになって新幹線に振り替えられた」という程度のものである。

だから、2014年2月14日に山梨県内の中央本線で多発した、「列車が動けなくなって車内に缶詰、そのまま夜明かしする羽目になり、一晩ないしは二晩も動けなくなった」とか「乗っていた列車が停電してしまい、寒くて震え上がった」とかいう経験はない。

電車なら外部から電力供給を受けられるのでは……と思うと、さにあらず。同じ場所にずっと停車したままだと、ずっと架線の同じ位置にパンタグラフが接触したままで電流が流れるため、温度上昇が発生して、ときには架線溶断につながることがあるらしい。

3月から烏山線で運転を開始する蓄電池電車「ACCUM」では、終点の烏山駅で停車したままパンタグラフを上げて急速充電する。同車の開発に際しては、架線の温度上昇について検証試験を実施したとのことだから、やはり無視できない課題であるらしい。と、話が脱線した。元に戻そう。

原因が地震・積雪・強風といった自然現象であれ、あるいは人身事故・車両故障・設備故障といったものであれ、車中で身動きがとれなくなった乗客がもっとも必要とするものは何だろう。それは、「動けなくなった理由」と「今後の見通し」に関する情報提供ではないだろうか。

もちろん、原因によって、今後の見通しを明示できる場合と、できない場合がある。だから、どんな原因でも常に「○時間後に運転を再開できる見込みです」なんていうことはいえないのだが、再開の見込みが立たないならそれはそれで、そのことをちゃんと伝えて欲しい。と、個人的には考える。

高速道路の渋滞なんかもそうだが、ネガティブな情報でもちゃんと伝えてくれる方が心構えができるし、対処を考える役に立つ。ネガティブな情報だから伏せておこう、なんて考える人や組織は、どうも信用ならない。

そこでITができること・できないこと

鉄道業界は昔から通信インフラを整備している部類に属しており、例えばJRグループであれば、有線の鉄道電話を自前で持っている。電話機は駅や指令所だけでなく駅間にも設けてあるので、例えば保線区員が状況を報告する、なんていう使い方もできる。

そして近年では、有線だけでなくマイクロ波回線を設置している事例もあるし、列車と指令所の間では列車無線や携帯電話によるやりとりもできる。運行管理システムを整備している路線であれば、駅に設置したコンピュータのディスプレイで運行状況を確認することもできる。

こうなると、昔みたいに「用紙に通信文を書いて途中通過駅のホームに "投げ文" をする」なんていうアナログな方法の出番はなさそうだ。

ただ、コンピュータや各種の通信インフラにできるのは、情報の伝達・共有のための仕組みを作るところまでで、それをどう活用するかは当事者次第。立派なインフラがあっても、それを使って情報をどのように収集・整理・配布・共有するかは、使う人間の経験と訓練、それとなにがしかの閃きや心遣いにかかっている。

だから、「いま、抑止されている列車に閉じこめられた乗客は何を知りたいか、何が必要か」というところの判断が適切にできていないと、どんなにインフラが充実していても、適切な情報提供にならない。

そこのところの判断や対処が適切で、情報提供がうまくいっていれば、乗客の怒りやパニックを抑える役に立つと考えられる。実際に「缶詰経験」をした人の話を聞くと、そのことを切に感じる。

もちろん、中には「文句を言ってどうにかなること」と「文句を言ってもどうにもならないこと」の区別がついていなくて、相手構わず文句ばかりいう人もいるだろうが、それはまた別の話。常識とまっとうな判断力がある人なら、ちゃんと説明すれば、たいていの場合は分かってくれるものではないだろうか。ことに相手が自然現象の場合には。

となると、インフラやシステムを整備することも重要だが、それを使ってどういう場面でどういう風に対処するか、というソフトウェア的な部分が重要という話になる。ITは、そこまで面倒をみてくれない。

基本的には過去の経験に基づいてマニュアルを作っておくことになるのだろうが、どうしても個人の知恵や経験に依存する部分は残る。それをまた共有して広めていく仕組みも、必要になるかもしれない。それをノートに書いて詰所に備えるか、コンピュータに記録してWebブラウザで見られるようにするかはともかく。

余談 : 情報伝達時のNGワード

そういえばだいぶ前の話になるが、自分が乗っていた山手線の電車が急停止するとともに車内が真っ暗になったことがあった。このとき、「○号車のパンタグラフが爆発……」という放送が入ったのだが、これはいただけない。

民航機のパイロットや客室乗務員の皆さんなら先刻御存知の通り、「出火」や「失火」はNGワードである。いわんや「爆発」なんて論外だ。たとえ本当にエンジンから煙が出ていたとしても、そのまま正直に喋ってはいけない。これもまた、経験に基づく知恵というやつである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。