車内情報表示装置の概要については、すでに本連載の第3回でも取り上げている。しかし、そのときには他の情報提供手段と一緒に扱ってしまったため、掘り下げ方が足りなかったように思える。そこで改めて、もうちょっと詳しく取り上げてみようと考えた次第である。

路線図式の情報表示装置

筆者の記憶が確かならば、列車の現在位置・自駅・開扉方向といった情報を提供するデバイスが登場した最初の事例は、1983年に登場した営団地下鉄(当時)銀座線用の01系ではないだろうか。同車が使用したのはいわゆる路線図式で、扉上部の鴨居部分に、路線図と同じ体裁で線内全駅の駅名、それと各駅ごとの接続路線を表示したものだ。

中央にはラインカラーの線を通すとともに、そこに列車の位置と進行方向を示す「← →」表示灯を駅間ごとに設置、それが現在の位置と進行方向に合わせて点滅する。また、次駅の開扉方向については、表示装置の両端に表示灯を設けて、次の駅で開く側の扉について、その表示灯が点滅するようになっている。

銀座線01系の情報表示装置。よくよく見ると、駅名や乗り換え路線の案内をシールで貼り直している

地下鉄では基本的に全列車が各駅停車だし、同じ駅でも列車によって着くホームが違って開扉方向が変わることは滅多に起きないので、こうした方法でも実用性は充分にある。現在位置は過去の本連載でも言及しているように、車輪の回転数に基づいて割り出せばよいし、途中駅で補正すればさらに正確になる。

ただし、路線の延伸や途中駅の増設といったイベントが発生すると、表示装置をまるごと作り直す必要がある。駅名の変更や乗り換え路線の変化ぐらいであれば、上からシールを貼る方法で対応できるが、駅の増減になるとそうはいかない。

また、自社線のみならともかく、他社線との相互乗り入れを行うようになると路線図が大きくなりすぎて、鴨居部分には収まらない。銀座線や丸ノ内線は相互乗り入れがないから問題ないが、相互乗り入れを行っている他線では、この方式の表示装置は実用的ではない。

また、扱うことができる情報は機器を作った時点で決まってしまい、後から追加・変更するにはやはり、機器の作り直しを必要とする。つまり、シンプルで実現しやすい反面、柔軟性を欠くのが路線図式の情報表示装置だったといえる。

表示デバイスはLEDと液晶

車掌、あるいは運転士(ワンマン運転の場合)による放送、あるいは対面による案内が主体となっていた乗客向けの案内について、初めてLEDと文字ベースの情報表示装置が登場したのは、1985年に営業運転を開始した東海道・山陽新幹線の100系電車である。

100系が使用したのは1行表示のLED表示器で、客室の前後にある妻壁にそれぞれ1基ずつ設置した。表示する内容は固定的で、現在位置や次の停車駅などだったと記憶している。

このときには新幹線電車や特急電車などに設置する「特別な機器」だと思っていたので、JR西日本の221系電車が同様の車内情報表示装置を装備して登場したときには「ゴージャスだなあ」と感じたものだ。それが今では、新幹線から通勤電車まで「あって当たり前」の存在になったのだから、隔世の感がある。

設置場所は、通勤車なら扉上の鴨居部分、特急車なら仕切壁扉上の鴨居部分が主流だが、妻壁(JR西日本221系)、天井中央部に枕木方向に設置(JR西日本321系・225系、JR東日本E259系)といった事例もある。

表示に使用するデバイスとしては、LEDと液晶ディスプレイがある。LEDは文字表示のみが可能で、液晶ディスプレイなら静止画や動画の表示も可能だ。山手線の205系電車が6扉車を増結した際に、その6扉車が小型の液晶ディスプレイを設置して動画の放映も行っていたが、このときには液晶の質が悪く、お世辞にも見やすいものではなかった。

しかし、カラー液晶の利用が一般化するとともに質の向上や価格の低下につながり、車内情報表示装置に液晶を使用するケースも多くなった。つまり、民生用のデバイスが進化して低価格化したことが、鉄道業界にも波及効果をもたらしたわけだ。

その点、もともと文字しか表示しないLED表示器は気が楽である。こちらも進化がいろいろあり、単色LEDからカラーLEDに進化したり、1行表示から2行表示に大型化したりしている。2行表示のLED表示器なら、同時に二種類の情報を表示できる。

東海道・山陽新幹線のN700系、あるいは東北新幹線のE5系やE6系を見ると、大型のカラーLED表示器を客室前後の仕切壁上部に設けており、大きな文字で1行表示にしたり、小さな文字で2行表示にしたりと柔軟に使い分けている。ソフトウェアやコンテンツを用意する方は手間が増えそうだが、大は小を兼ねるし、多様な情報を扱ってくれれば、それだけ利用者にとっては利便性が高い。

E5系の仕切壁に設けたLED情報表示装置は二段表示

異なるデバイスが混在したらどうする?

その液晶ディスプレイ、縦横比が4:3のものと、16:9のものがある。例えばJR東日本のE231系500番台(山手線用)は縦横比4:3だが、E233系1000番台(京浜東北線用)は縦横比16:9で横長になっている。西武30000系のように、途中の増備車から横長にして大型化した事例もある。

また、表示デバイスの混在という話になると、同じ会社の中でLED表示器と液晶ディスプレイが混在していることもある。別々にデータを用意するのでは効率が良くないが、静止画・動画を使用するものはLED表示器では単に無視すればよろしい。

運行情報やニュースみたいにリアルタイム性を求められる情報はもともと文字情報だけあれば用が足りるので、これも同じデータを送って、車両の側で対処すれば済みそうだ。もちろん、データ・フォーマットの規定や、それを読み取って表示するためのソフトウェアについては、しかるべく作り込む必要があるはずだが。

すると気になるのは、コンテンツの表示である。かつて、横長画面のテレビ受信機で横長ではない内容の番組を見ていると「横に太った」表示になる問題があったが、そういうことはないのだろうか、という話である。そこで某社で伺ってみたところ、使用するコンテンツは同じで、特にデバイスに合わせた使い分けは行っていないとのこと。

そうなると、画面が横長のときには左右に空白ができてしまうこともありそうである。逐次更新を必要としない停車駅や路線図なら、それぞれの車両に合わせて最適化したデータを送り込むことができる。また、運行情報みたいにフォーマットが決まっていて文字の部分だけが変化するものであれば、これも問題はないだろう。

しかし、広告みたいなコンテンツでは、縦横比が合わないと画面の両端、あるいは上下端に黒いスペースができてしまうこともありそうだ。

山手線のE231系(上)と京浜東北線のE233系(下)では、情報表示装置の縦横比が異なる

扱うコンテンツと更新頻度

コンテンツの話になると、「文字のみ」「静止画や動画を使用」といった分類と、「固定的な内容」「ときどき更新が必要」「リアルタイムに近い更新が必要」といった分類ができる。これらをマトリックスにしてみよう。

  文字のみ 静止画や動画を使用
固定的な内容 次駅情報・開扉情報 --
ときどき更新が必要 広告 広告
リアルタイムに近い更新が必要 運行情報、ニュース TV番組やCM

駅関連情報には、「現在位置」「次の停車駅」「次の停車駅でどちら側の扉が開くか」「個々の車両と階段・エスカレーター・エレベーターの位置関係」といったものがある。これらは変化がなければコンテンツを変える必要はないので、変更の必要が生じた場面でだけデータを更新すれば済む。

広告は、文字情報だけで済ませているケースに加えて、車内情報表示装置専用の広告を使用するケース、そしてTV番組用のCMを流用するケースがある。広告は契約期間を通じて同じものを表示すれば済むだろうから、これもやはり、変更の必要が生じたときだけ更新すれば済む。

その点、運行情報やニュースはリアルタイム性が命だから、車両基地に入庫して更新というわけにはいかない。だから、走行中でも最新の情報を受け取れるように、移動体通信を駆使する必要がある。これは第3回でも言及した通りだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。