コンピュータ化した運行管理システムを活用するという話は、本連載の第2回で取り上げたことがある。そこで、「ダイヤが乱れたときの運転整理を支援する機能」という話に少し触れた。

折から、この原稿を書いているのは、10月16日の台風26号の襲来で大荒れになり、あちこちで電車が止まっている最中だ。そこで改めて、その運転整理のロジックについて取り上げてみようと思う。アルゴリズムを策定する場面に関する、ひとつのサンプルになるかもしれない。

運転整理とは

そもそも、運転整理とは何だろうか。それは、遅延や運休といった事態が発生してダイヤが乱れたときに、それを正常な状況に戻すための作業をいう。人身事故などの事由で「遅延が発生した」という第一報が入った後、しばらくすると運行を再開して「運行を再開し遅れが出ています」となり、やがて「平常に運行しています」に戻る。その過程で行われる作業が運転整理だ。

乗降に手間取ったなどの理由による僅かな遅延であれば、もともとダイヤを作成する際に組み込んでいる余裕時分を使って吸収することができる。つまり、平素は若干の余裕を持った状態で運転しているので、その余裕を切り詰めることで遅延を回復するわけだ。速度制限を超えない範囲でギリギリまでスピードを上げる、制動開始点を普段よりも少し遅らせる、駅停車時間を少し切り詰める、といった手を使う。

これがいわゆる回復運転で、これだけなら運行管理システムが介入して運転整理を行うほどではない。ところが、余裕時分で吸収できないほどの遅延になると、話は違ってくる。人身事故、踏切事故、強風・降雨・降雪・地震などといった気象や災害に起因する抑止など、余裕時分で吸収できないほどの遅れを引き起こす要因は多い。

運転間隔の調整

都市部で頻繁に耳にするのが「運転間隔の調整」だ。「後続の列車が遅れているため、当駅で運転間隔調整のために少々停車いたします」というやつである。

どうしてこんな措置が必要なのかといえば、先行列車がどんどん先に行ってしまうと後続列車との間隔が空いてしまい、その分だけホームに多くの人が滞留してしまうからだ。すると後続列車の乗降に手間取って、ますます遅延がひどくなる。それを避けるには、先行列車を遅らせて間隔が空きすぎないようにする。

これをやるには、どの列車がどこにいて、間隔がどの程度になるかを把握した上で、閾値を超えたら先行列車を待たせて調整する必要がある。もちろん、どれだけ待たせるかも決めなければならない。発着時刻の単位は「分」ではなく「秒」だが、1秒単位ではなく10~15秒単位だから、その単位で適切な待ち時間と発車時刻を割り出して、当該列車の運転士に通知する必要がある。

その通知は、駅員を通じて間接的に通告したり、列車無線を通じて指令員が運転士に直接通告したりすることが多い。JR東日本の首都圏エリアを利用している方なら、ホーム端で以下のような表示が出ているのを御覧になったことがあるだろう。

「延発」表示。運転間隔の調整や運転規制の発令によって発車を待たせるときに、こういう形で乗務員に指示を出す。これはホームの途中に設けた表示器で車掌向けと思われるが、先頭部にも運転士向けに同じ機器がある

遅らせるのではなく、強風や規制や降雨などによって規制がかかり、列車を「出さない」ときには「抑止」になる

「通知」という表示が出ることもある。意味は読んで字のごとく、何か知らせることがあるわけだ

先行列車の待避・対向列車の交換

すべて各駅停車なら運転間隔の調整だけで話が済むが、急行列車(あるいはその他の、通過駅がある列車)と各駅停車が入り乱れている場合には、それだけでは済まない。前者は後者より速いのだから、どこかで後続列車が先行列車に「あたる」。それを放置して待避せずに運転を続ければ、後続列車の遅延がますます拡大する。

平常ダイヤであれば、どこの駅で待避を行うかは決まっているから、その通りにすればよい。ところが、ダイヤが乱れているときには、待避するはずの駅で待避がなくなったり、待避しないはずの駅で待避が生じたりする。後者の場合、待避のために停車する先行列車が止まれるだけの有効長が当該駅にあるか、なんていうことまで注意しなければならない。

すると運行管理システムは、現時点で運行しているすべての列車について、遅延した状態を基準にして、本来の時刻よりも後ろ(遅い側)にずらす形でスジを引き直す必要がある。そして、先行列車に「あたる」場面が発生する場合には、どこの駅で待避させるかを決めて、その旨を指令員に提示する必要がある。それがすなわち「修正ダイヤのリコメンド」だ。

また、指令員が意志決定して修正ダイヤが確定したら、待避駅などの分岐器を、(平常ダイヤではなく)修正ダイヤに合わせて、適切に切り替えるように指令を出す必要もある。つまり、先行する列車が接近したら分岐器を副本線側に切り替えておき、それが済んだ後で後続列車が接近したら分岐器を本線側に戻すわけだ。

ここでは待避の話を書いたが、単線区間では対向列車の待ち合わせも生じる。向きが違うだけで、「あたる」ことに変わりはないから、こちらも同様に修正ダイヤを引き直して、どこの駅で交換させるかを決める必要がある。それを重ねていくうちに遅れがどんどん波及して影響が広がるのが、単線区間の辛いところだ。

さらに、そうやって遅れる列車が出てくると、遅れた列車に対して接続待ちをとるケースが出てきて、これがまた遅れを広い範囲に波及させる。しかし、接続待ちを行わないと迷惑する利用者が発生してしまうので、これは致し方ない。筆者自身も何回か、接続待ちで救われた経験がある。

運用変更への対処

平常ダイヤの構成や遅延・抑止・規制の発生状況によって、ダイヤ乱れの内容には違いが生じる。全線に一斉抑止がかかった場合、運行再開後は、抑止がかかった時間の分だけ平常ダイヤから後ろにずれた形になるだろう。その場合、「遅延した本来の列車」を「それより後の、平常ダイヤでちょうど該当する時間にある列車」に付け替えれば、見た目の上では平常ダイヤに復帰する。

というと、実は話を単純化しすぎだ。というのは、前述したような形でスジを付け替えれば、遅延した時間の分だけ列車が消滅するし、待避・交換の関係で列車の前後関係が入れ替わることもある。そうすると、車両が余ったり足りなくなったりする場面が生じる事態は避けられそうにない。

だから、単にスジを付け替えるだけではなくて、車両の過不足が生じないかどうかを検討して、途中駅で運転を打ち切って車両基地に取り込んだり、逆に車両基地から特発を出して穴埋めをしたり、といった措置も必要になってくる可能性が高い。

また、ダイヤの乱れが他社線まで波及しないように相互乗り入れを中止するのも典型的な運転整理の手法だが、平常ダイヤに戻そうとすれば、また相互乗り入れを再開しなければならない。すると、どの時点のどの列車から乗り入れを再開するか、あるいは再開が可能かを、修正ダイヤをひいてみて判断する仕組みが必要になるだろう。

こういった修正ダイヤの作成作業は、昔なら紙に印刷したダイヤグラムに鉛筆で修正ダイヤを書き込む形で行っていたが、それをコンピュータの中で行おうというのが、運行管理システムの運転整理支援機能である。

運転整理の話からは少し外れるが、こういった措置はすべて運用の変更につながるから、どの車両がどのスジに入ってどれだけ走ったかを、(本来の平常ダイヤではなく)変更後のダイヤに基づいて記録しておかなければならない。そうしないと、特に検査期限が走行距離をベースにして決まっている場合に、その期限をオーバーして走れなくなる車両が発生しないとも限らない。これも運行管理システムの重要な機能である。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。