連載の第2回で運行管理システムについて取り上げた際に、「ダイヤが乱れた後で所定のダイヤに復帰させるための、運転整理の支援機能」にも言及した。

そのときにはダイヤの復帰にフォーカスしたのだが、実際にはそれだけでは話が済まない。列車を走らせるには乗務員も車両も必要である。そして、ダイヤを所定のものに復帰させるだけでなく、乗務員の運用や車両運用の復帰も必要である。

車両や乗務員の運用整理支援

列車の運行(に限らず、バスでも飛行機でも同じだが)に際しては、単に地上設備や車両の性能に基づいてダイヤグラムを作成するだけでなく、そこで使用する車両と乗務員も用意する必要がある。全部が揃わないと列車の運行はできない。

いずれも、車両や乗務員をどの列車からどの列車に回すかという、いわゆる「運用」を決めなければ、到着した列車を次にどの列車に充当して送り出すかが分からないし、乗務員は乗務すべき列車が分からなくなる。

それだけでなく、乗務員であれば勤務時間や休憩に関する制約があるので、むやみやたらに働かせるわけにはいかない。車両も同じで、一定の時間、あるいは走行距離ごとに検査を行わなければならず、規定の範囲内に検査を行えないと、その車両は使用できなくなってしまう。物理的には走れても、規則違反になるからだ。

だから、通常時の運用を策定する際に、乗務員であれば勤務時間や休憩時間、車両であれば検査の間隔を考慮に入れつつ運用を組み立てる必要があるのだが、ダイヤの乱れが発生すると、そちらにも影響が及ぶ。

そもそも、時刻表通りの運行ができないのだから、駅に到着した列車を次にどこ行きのどの種別の列車として送り出すかについて、変更後の修正ダイヤに基づいた指令を出さなければならない。

乗務員についても、ある列車での乗務が終わった後で、次にどこに移動してどの列車に、かつどこまで乗務するのかを指示しなければならない。もちろん、規則違反にならない範囲内でだ。乗務員の場合、列車の折り返しでは反対方向に移動する時間を見込む必要があるし、長編成の列車になるとそれだけで時間がかかる。それを無視すると折り返しが成り立たない。

また、車両にしても乗務員にしても、路線によって入れたり入れなかったりすることがあるから、これも制約要因になる。規格が合わない車両を走らせたり、未経験の乗務員を乗務させたりするわけにも行かない。

なお、車両と乗務員が常にワンセットで動くわけではないので、両者の組み合わせは逐次変動していく。そのことも話をややこしくしているといえそうだ。別々に運用を組み立てたり整理したりしつつ、かつ過不足が生じないように整合性をとらなければならないからだ。たとえばの話、車両だけ用意できても運転士や車掌がいないのでは困る。

乗務員や車両の運用整理にもITは不可欠

こうした事情があるので、さまざまな制約要因を考慮に入れつつ乗務員の運用や車両の運用について運用整理を行うには、ITの援用が不可欠である。人手に頼って実現することも不可能ではないだろうが、そこでは経験の蓄積や個人の判断力に頼る部分が多くなるだろう。すると、誰でもできるだけ同じような結果を出せるようにするには、過去の経験をソフトウェアとして作り込んだ、システマティックなアプローチが要る。

また、運用整理の計画を立てるだけでなく、それを伝達する手段も重要である。ことに乗務員の場合、相手が多い上に動き回っているので、迅速かつ確実な伝達を実現するのは難しい。すると、信頼性の高い移動体通信網と、所要の情報を伝達するために使用する端末機器の組み合わせが欲しい、という話になる。電話による口頭の伝達では間違いが入り込む可能性があるし、いちいち紙に書いて渡していたのでは時間がかかる。

その端末機器の話と関連する話題を取り上げると、JR東日本では乗務員室に無線LANを設置して位置検知や情報伝達を行う研究を実施している。列車無線のデジタル化とリンクしている話で、無線LAN経由で乗務員が持つ端末機器に情報を伝送しようというものだ。その際、端末機器の位置情報を送信する機能を付け加えると、どの乗務員がどこにいるのかの把握が容易になり、これも運用整理に役立つだろう。

興味深いのは、乗務員が持つ端末機器に直接伝達する代わりに、いったん車両側のアクセスポイントで中継するアプローチをとっているところだが、これは汎用の携帯情報端末機器を乗務員に持たせるためだろうか? 端末機器で鉄道用のデジタル列車無線をそのまま使うと、そのデジタル列車無線に対応する無線インタフェース機器を備えた端末機が必要になってしまい、コストが上がりそうだ。

ただ、無線LANのアクセスポイントを設けるといっても、単にポン付けすれば済むという話でもない。運転室の外まで電波が届いてしまうと隣接編成との干渉などといった問題が生じるので、必要な範囲にはちゃんと届き、不必要な範囲には届かないような設定が必要になる。それに、乗務員室の中というのはすでにさまざまな機器で混み合っているから、適当に取り付けると不感地帯ができそうだ。すると、アンテナの設置場所を慎重に決める必要がある。

これが車両の場合、形式、所在、検査の履歴(検査周期を超えないようにするためには不可欠)などの情報が必要になる。乗務員の場合と同様に、所在の把握や今後の運用計画(運用変更計画)の立案、現場への伝達、といったプロセスが必要になるので、その過程で作業を迅速かつ確実に行うためには、やはりシステム化が求められるところだろう。第31回で取り上げた車両管理システムとも関わってきそうな話である。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。