今回も前回に引き続き、運行障害につながりそうなトラブルの検出について取り上げてみよう。今回のお題は、鉄道にとっての意外な大敵・強風への対処である。前回に引き続き、JR東日本のテクニカルレビューを参照させていただいた。

風は鉄道の大敵

鉄道に限らず、道路でも船舶でも強風は望ましいものではないし、実際、過去に強風に起因する事故が起きた事例はたくさんある。鉄道だと、脱線・転覆、さらには転覆した列車が橋梁上から落下、といった事故まで起きている。また、電化区間では架線が強風によって揺らされるので、それが問題になる可能性もある。

そのため、鉄道の運行に際しては風速規制をかけることになっており、沿線の要所要所に設けた風速計が一定以上の風速を検知すると、徐行させたり、運転を止めたりすることになっている。

(ちょっと小さくて分かりにくいが)線路脇に風速計を設置した例。この場所は谷間を橋梁でまたいでおり、風が吹き抜けやすい(羽越本線・五十川駅付近で)

筆者自身も、福島県内で発生した強風に起因する東北新幹線の抑止に巻き込まれて盛岡で足止めを食ったことがあり、ようやく動き出した時点で特急券の払い戻し条件である2時間遅れを突破していた。おっと、閑話休題。

コンピュータによる風速予測

強風時の列車運転規制とは、たとえば、「規制値以上の強風を観測した時点で運転規制を発令」「連続した30分間に規制値を超える風速を一度も観測しなければ運転規制を解除」といった内容である。

この規制の内容にも、過去の経験を経てさまざまな変化があった。規制の条件になる風速の値を見直しているほか、風速のデータについても、以前は10分間平均風速に基づいていたものを、観測した瞬間風速に基づく方法に変更したのだそうだ。

規制値に基づいて単純に決めるのは簡単で分かりやすい方法だが、「風速が急速に上昇していても、実際に規制値を超過するまでは運転規制を発令しない」「規制値を超過する時間がほんの一瞬でも、最低30分間にわたって運転規制が発令されてしまう」などの問題が指摘されたのだそうだ。

そこから、「遭遇する可能性がある風速を予測して、その予測値が規制値を上回れば規制発令、上回らなければ通常通り」とする考えが出てきた。すると問題になるのは、どうやって現実離れしない確実な風速予測を行うかである。

そこでJR東日本が検討した手法は、「沿線に設置した風速計の観測データに対して時系列解析の手法を適用して、30分程度の範囲で風速を予測する」というものである。現時点で走っている列車に対して規制をかけるかどうかが問題なので、むやみに長時間の予測を行う必要はなく、そこから30分という数字が出てきたようだ。

そこでキモになるのは、例によってアルゴリズムである。風速の傾向を時系列に基づいて解析・推定するだけでは、予測が実測値より大きければ誤警報になるし、小さくなれば警報漏れになる。

そこで「予測風速の誤差分布に基づき、ある超過確率に対応する予測信頼区間の上限値を考える」という手法を取り入れたのだそうだ。これを規制ルールに取り入れて、予測信頼区間の上限値が規制値を超えたら運転規制を発令、そうでなければ解除、としている。その超過確率をどの程度に設定するかが問題だが、これは収集済みの強風データ、現行ルールと新ルールに基づくそれぞれの規制のシミュレーション、といった要素に基づいて決めているとのことだ。

これを自動的に実現するソフトウェアを開発することで、風速計からのデータに基づいたリアルタイムの予測と運転規制の自動発令・自動解除が可能になる。

もちろん、運転規制によって減速や抑止を発生する時間は少ない方が望ましいが、だからといって強風が発生しているのに規制がかからないのは危険だ。「本当に必要なときだけ規制をかける」を、どこまで追い込めるかが課題である。シミュレーションだけでなく実運用試験を徹底して、アルゴリズムの精度を高めていく作業は大変そうだが、不可欠の作業でもある。

突風そのものを検知する手段

風速計を沿線に設けている事例は多いが、これは風速計を設置した場所に限った、ピンポイントのデータしか得られない。通常は、強風が発生しやすいと分かっている場所を選んで設置するもので、地域的な要因で決まる場合と、地形的な要因で決まる場合がある。後者の例としては、トンネルとトンネルの間で川を橋梁で越えるような場面が典型例だ。

そのほか、羽越本線の余目駅では2007年3月1日から、駅舎の屋上にドップラーレーダーを設置して突風検知の実験に供した。これは、突風が降水を伴っており、その降水をドップラー気象レーダーで検出できることを応用したもの。

レーダーは、発信した電波が何かに当たって反射してきたときに、その反射波を受信して、送信から受信までの時間によって距離を、その際のアンテナの向きによって方位を、それぞれ検出できる。ドップラーレーダーはさらに、受信する電波に対してドップラー効果によって発生する周波数変化を検出する仕組みを追加しており、それによって目標の移動方向や移動速度を判断できる。気象観測だけでなく、戦闘機の射撃管制レーダーでもおなじみの手法だ。と、それはともかく。

ドップラー効果による反射波の周波数変化から降水粒子の速度情報を把握、それを大気の移動速度とみなして風の挙動を測定することができる。このほか、反射波の強さから降水粒子の密度を推定して降水量の推定につなげることもできる。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。