前回、運転曲線(ランカーブ)の作成に関連する話として、加速・減速と加速度計のことを書いた。そこで今回は、加速度計の活用が乗り心地の改善に寄与している、という話を取り上げてみよう。そこではコンピュータによる緻密な制御が必須となっている。

鉄道車両の動きと乗り心地

鉄道車両の動きは、基本的には一次元である。つまり、前後方向に対する加速・減速操作だ。実際には、勾配による上下方向の動きや曲線による左右方向の動きも発生するが、それらは軌道の側で決めているものだから、運転士が行う操作は加速・減速だけである。

ところが、軌道の側で決める上下・左右方向の動きだけでなく、その他の要因によって発生する上下・左右方向の動きもある。それがいわゆる「車体の揺れ」につながる。

たとえば、軌道の整備状態が良くないと揺れが発生する。曲線区間で制限速度を超えてしまえば、超過遠心力によって左右方向の動きが発生して、乗り心地の悪化につながる。

さらに新幹線のような高速運転を行うようになると、空力的な影響が無視できないものになる。先頭車は空気を押しのけて走るし、最後尾車は押しのけた空気が収束する位置にいるので、いずれも空力的な影響を受ける。パンタグラフなどの突出物がある車両は、そちらでも空力的な影響が発生する。

さらに、トンネル内では車両が押しのけた空気がトンネルの壁に反射して車体を揺らすし、対向列車とすれ違えば対向列車が押しのけた空気の影響を受ける(向きは逆だが、待避でも同様である)。これは、新幹線に乗ってすれ違いや待避を経験すれば、すぐに分かる話である。

新幹線のような高速運転になると、空力的な影響による揺れが大きい。写真のように待避する場面で車体が揺らされるのは、おなじみの現象だろう

こうした事情があるので、新幹線では特に前後の先頭車とパンタグラフ付きの車両について、乗り心地が悪化しやすい傾向があるようだ。

原因はどうあれ、外部的な要因によって車体には上下方向、あるいは左右方向の力が加わり、揺れを引き起こして乗り心地を悪化させる原因になるという話である。

セミアクティブサスペンションの登場

もちろん、鉄道車両の台車にはバネやショックアブソーバーを組み込んであり、外部からかかる力の影響を緩和して、乗り心地を改善するように工夫している。たとえば、上下方向の力がかかった時に、それをショックアブソーバーで緩和したり、バネで押し戻したりするわけだが、それらはあくまで受け身である。

そこで、さらなる乗り心地改善のために、もっと積極的な手を打つようになってきた。特に、高速運転に伴う空力的な影響で車体が揺らされるのを抑制するのが、新幹線における重要な課題となっている。

そこで、まず登場したのがセミアクティブサスペンションである。これは、一種の減衰力可変式ショックアブソーバーといえる。台車と車体の間をつないで、左右方向の力を受け止める位置にショックアブソーバーを設置するのだが、そのショックアブソーバーの減衰力を可変式にするだけでなく、状況に応じてリアルタイムで減衰力を変える。

ショックアブソーバーは、基本的にはピストンの中にオイルを入れた構造である。そのオイルが小穴(オリフィス)を通過しようとする際に抵抗がかかり、それを利用して衝撃を減衰する仕組みである。ということは、オリフィスのサイズを小さくするか、それとも大きくするかで、減衰力が違ってくる。

だから、横方向に加速度計と可変減衰力のショックアブソーバーを設置して、発生する加速度に応じてオリフィスのサイズを変えれば、「大きな衝撃が加わったら大きな減衰力」「小さな衝撃が加わったら小さな減衰力」と使い分けることができる。これがセミアクティブサスペンションの基本的な考え方である。

ただし、セミアクティブサスペンションは「発生した力を適切に受け止める」という制御をするものだから、あくまで受け身である。

アクティブサスペンションの登場と電動式アクチュエータ

続いて登場したのがアクティブサスペンションだ。自動車レースの世界ではおなじみの言葉だから、F1観戦が趣味の人なら聞き覚えがあるだろう。

外部から力がかかって揺らされたときに、反対方向に押し戻せば揺れを打ち消すことができる。これが、鉄道車両のアクティブサスペンションにおける基本的な考え方である。ということは、外部からかかった力に見合った、適切な力で押し戻す必要があるわけだ。これが不適切だと、押し戻し方が足りなかったり、過剰になったりして、乗り心地の改善にならない。

そこで、加速度計を使って横方向の動きを検出、その結果をアクチュエータにフィードバックして、発生した動きに見合った押し戻し操作を実現するわけである。それを個別の車両ごとに、しかも連続的に変化する状況の中で適切に制御しなければならないので、制御に使用するコンピュータのソフトウェア開発は大変そうだ。

また、ソフトウェアが適切な数字を出してきても、それを迅速に反映させることができるアクチュエータがなければ仕事が終わらない。「ドン」と力がかかって、それが収まり始めてから押し戻しにかかっても手遅れである。制御指令に応じて、アクチュエータが迅速に反応できなければ困る。

そのレスポンスの良さや、おそらくは構造簡素化・軽量化につながるという理由だろうか。アクチュエータの動力源として空気圧や油圧ではなく、電気を使用する車両が出てきている。つまり電動式アクチュエータで、たとえばJR東日本のE5系が該当する。

E5系新幹線電車は、電動式アクティブサスペンションによって乗り心地の改善を図っている。320km/h運転を支える重要技術のひとつだ

つまり、E5系が走っている間は常に、アクティブサスペンション制御用のコンピュータが加速度計からのデータを基に演算操作を行い、揺れを打ち消して乗り心地を改善する作業を行っているわけだ。まさに「縁の下の力持ち」である。

電動式にすれば電気配線を引っ張るだけで済むので、圧縮空気や油圧の配管を行うよりも軽量になり、漏れを気にする必要もなくなりそうだ。その代わり、必要な力を発揮できるだけの強力な駆動装置が必要になるので、最近まで電動式アクチュエータが使われていなかったのだろうと推察される。

これは空の上にも似た話がある。飛行機の操縦翼面を動かす手段としては、油圧や圧縮空気を使用するのが一般的だが、最近になって電動式アクチュエータを使用する機体が出てきた。ボーイング787ドリームライナーや、F-35ライトニングII戦闘機がそれである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。