本連載の第2回で、鉄道の運行管理システムについて取り上げた。運行管理システムが機能する前提となるのは列車ダイヤだが、その列車ダイヤを作成する際に必要になる「運転曲線」(ランカーブ)が、今回のお題。

駅間所要時間の算出は簡単ではない

ダイヤグラムを作成するには、列車が駅間をどれだけの所要時間で走れるかを調べる必要がある。各駅停車であれば、駅間ごとの所要時間に駅での停車時間、それと若干の余裕時間を合算することで、全体の所要時間を割り出すことができる。急行運転を行う場合、個別の駅間だけでなく、急行列車の停車駅同士についても所要時間の算出が必要になる。

ところが、この「駅間の所要時間」の算出が一筋縄ではいかない。常に線路が水平直線で、加速力が一定・最高速度が一定のままなら、学校の物理の授業で習った計算式を使って算出できそうだが、実際にはそんなことにはならない。

まず、地形に合わせて上下方向の勾配が発生する。上り勾配で速度が落ちるのは当然のことだが、下り勾配でも安全性を考慮すると、むやみに速度を上げることはできない。自動車の運転でも似たようなものだが、実は登り坂より下り坂の方が慎重にならなければならないのである。

すでに廃線になってしまっているが、信越本線の碓氷峠越え(横川~軽井沢)では、坂を登る下り列車よりも、坂を下る上り列車(なんだか妙な表現だが、実際にそうだったのだから仕方ない)の方が、所要時間が長かったぐらいだ。急勾配を安全に下るために、そういうことになってしまう。

そして、曲線区間の存在がある。曲線の度合は円の半径で示すが、もちろん、半径が小さい急な曲線ほど速度制限が厳しい。特に地下鉄は道路の下に建設することが多いので、道路に合わせた急カーブが発生しやすい上に、地形や他の地下構造物との絡みで勾配も多くなりやすい。だから、必然的に速度を上げにくく、加減速が頻繁になる。

さらに、分岐器による速度制限もある。分岐器そのものの構造が原因で速度制限がかかることもあるし、両開き分岐器では常に、片開き分岐器では分岐する側で速度制限がかかる。これは、分岐器の通過が曲線区間の通過と同じことになるためだ。

このほか、加速・減速性能が車両によって異なる点にも注意しなければならない。加減速性能に優れた車両は、線路の条件が同じであっても、加減速性能が良くない車両よりも「速く走っていられる時間」が長くなる。その分だけ所要時間が短くなる理屈だ。

このほか、場合によっては、騒音対策として意図的に減速しなければならない場面、工事の関係で速度制限が発生する場面もある。

勾配・曲線・分岐器は、走行中に速度制限を発生させる主要な原因といえる

また、工事を行うために速度制限が加わることもある。写真は、地下化切り替え工事を実施していたときの東急東横線・代官山付近

運転曲線は所要時間算定の基礎データ

といった具合に挙げ始めるとさらにいろいろあるのだが、これぐらいにして。

ともあれ、さまざまな要因によって速度制限がかかるので、実際の列車の運転は加速と減速の繰り返しになることが多い。その加速と減速の状況を、横軸に距離、縦軸に速度をとったグラフの形にしたのが、運転曲線(ランカーブ)である。これを作成することで、初めて駅間所要時間を算出できる。そのデータがあって初めて、ダイヤグラムの作成に取り掛かることができる。

しかも、上り列車と下り列車で所要時間が異なることもあるから、双方向について運転曲線を作成しなければならない。特に、勾配の変化は上り列車と下り列車で反対の影響をもたらすので、前述した碓氷峠の例みたいに、上下列車で所要時間が大きく異なる原因を作ることもある。

当該区間で使用するすべての車両、すべての列車種別について、駅間ごとに上り列車と下り列車のそれぞれについて運転曲線を作成しなければならないので、これはかなり骨が折れる作業である、それをコンピュータ化することのメリットは大きいだろう。基本的には計算処理の積算だから、コンピュータ向きの仕事である。

実は、1970年代からすでに運転曲線の作成をコンピュータ化する事例が出てきていた。それだけ、運転曲線の作成を効率化・迅速化したいというニーズがあったということだろう。

余談だが、加速と減速を精確に計測することで、測位が可能である。それがいわゆる慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)で、X軸・Y軸・Z軸のそれぞれについてジャイロで安定化した加速度計を設置して、発生した加速度を時間で二度積分する。その結果として得られる3つのベクトルを合成すると、どちらの方向にどれだけ移動したかが分かる。後は、起点となる位置が分かっていれば、そこからの移動量を加味することで現在位置が分かるという仕組みである。

慣性航法装置は、航空機・潜水艦・ミサイルなどの航法でおなじみのメカニズムだが、レールの上を走る鉄道の場合、ここまで手の込んだメカを使用する必然性はないようである。その加速度計の話が出てきたところで、次回は、加速度計が関わる別分野の話を取り上げてみよう。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。