人手と口頭での伝達に頼るコミュニケーションに対して、コンピュータとデータ通信網の組み合わせには「速くて正確」という利点がある。通信網が常に利用可能であれば、リアルタイムの情報伝達が可能だし、そこにデータを載せて送れば、口頭での伝達にはつきものの言い間違いや聞き間違いは起きない。といっても、電気的なエラーが入り込む可能性はあるから、エラー訂正機能は必要だが。

両側、あるいは片側の当事者がコンピュータを使用しているのであれば、最初からコンピュータが直接解釈できる形でデータをやりとりする方が合理的である。

雨量系や風速計のリアルタイム伝達

鉄道に限ったことではないが、地震、降雨、強風といった自然災害に対する備えは必須である。地震はいうまでもないが、強風は脱線・転覆事故につながる危険性があるし、降雨は路盤の緩み・崖崩れや土石流・橋梁への影響といった被害をもたらす。降雪は線路を埋めて列車を走れなくするだけでなく、分岐器の凍結による不転換や視界不良という問題も引き起こす。

昔なら、こうした情報は駅で調べて電話で報告を上げたり、計測用の機材を設置した場所まで人が出向いて確認したりしていたが、それではリアルタイムの状況把握からは程遠い。そこでコンピュータとデータ通信網の出番である。

降雨や強風は、問題になりやすい場所とそうでない場所がある。降雨であれば、崩壊する可能性がありそうな崖に面した場所、あるいは線路を支える路盤が崩壊する可能性が考えられる場所、そして橋梁のように川との関わりが発生する場所が問題になる。強風であれば、谷間や橋梁は危険性が高い。

そういった「要注意地点」に雨量計や風速計を設置するとともに、それをデータ通信網を介して指令所と結ぶことで、指令所ではリアルタイムの状況把握が可能になる。それと列車の運行状況を照らし合わせて、速度制限をかけたり、運転を抑止したりすることになる。強風が吹くと減速、あるいは停止になるのは、スキー場のリフトに限った話ではない。

地震が到達する前に列車を止める

突発的に襲ってくる地震の場合には、事前の予測が難しいので、どうしても「起きた後での対処」が必要になる。

そこで、各所に地震計を設置しておいて、線路がある場所まで地震が到達する前に把握できれば理想的だ。地震波がどんなに速くても電気信号の伝達速度よりは遅いから、遠方で発生した地震を地震計で検出して警報を出せば、その地震が線路の場所に到達するまでに列車を止めたり、あるいは速度を落としたり、といった対処が可能になる。もっとも、新潟中越地震のときみたいに線路の直近に震源があると、いくら電気の方が速くても間に合わないが…。

実際、新幹線ではこうした形で地震対策をしており、地震を探知すると架線への送電を止めたりATC(第6回参照)で停止信号を発したりして、列車を強制的に止めるようにしている。そのおかげで、過去に何回も大地震に見舞われたにもかかわらず、新幹線は地震に起因する乗客の死亡がゼロという記録を保持している。

無論、列車を止めるだけでなく、構造物の耐震性強化、あるいは脱線・転覆を防ぐための対策なども含めた総合的な対策によって安全を実現しているわけだが、それは情報通信網の話からは外れるので、今回はおいておく。

降雪検知装置というものもある

降雪への対処は難しい。場所や地形によって積雪量は大きく異なるものだから、運行中の列車の運転士が目視で報告を上げたり、保線区員が現場に出向いて調査したり、といった対処も必要である。とはいえ、センサーによって情報を得られれば、その方が良い。

また、散水消雪装置を設置して、線路に温水を撒くことで雪そのものを溶かしてしまっている上越新幹線のような路線では、降雪があったら散水消雪装置を自動作動させると確実性が高くなる。だから、雪国を走る新幹線では要所要所に降雪検知装置を設置して、これもデータ通信網と接続してある。

大宮駅に進入するE2系。右手前に映っているのが降雪検知装置

鉄道には通信網がつきもの

このように、過去であれば口頭での伝達・報告を行うための電話、あるいは電信、昨今ならデータ通信といった具合に、鉄道には各種の通信網がつきものである。信号保安システムのための通信網も必要だ。

だから、意外と知られていない話かもしれないが、内輪専用の「鉄道電話」というものもある。駅の事務室はいうに及ばず、線路脇に「電話」と書かれたボックスが設置してあることがあるが、そういった場所に鉄道電話の電話機が収まっているわけだ。

また、銅線の通信網だけでなく、光ファイバーやマイクロ波通信を使用していることもある。マイクロ波回線なら、要所要所の山頂に設けた通信施設と、そこから鉄道事業者の拠点につながる回線さえ生きていれば通信は途絶しない。線路脇にケーブルを並べて設置するよりも生存性が高いかもしれない。

列車で移動していると、「車窓を楽しもうと思ったのに、目の前に電線が」なんていうことがある。そんな時にはいまいましく感じる電線だが、実は列車の安全・確実な運行を支えている大事な電線である。そう思えば腹も立たないというものだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。