前回までは、写真家になるための作品ファイル=ポートフォリオの作り方を解説してきた。ポートフォリオが完成したら誰かに見せなくてはいけない。今回から3回に分けて、ポートフォリオを他者に見せることについて考えてみよう。1回目は、作品を見てもらいたい人に直接見てもらう方法にていて。

まずはアポイントを取ろう

僕は仕事柄か、路上でいきなり声をかけられて「飯沢さんですよね? 作品を見て下さい」と言われることがよくあるんだ。ほかにも、作家さんの展示のオープニング・パーティーなどへ出かけたときに、「ポートフォリオを見ていただけませんか?」と来る人がいる。ポートフォリオを持って来られたら、なるべく見るようにはしているんだけど、僕自身の都合もあるし、パーティーの席で展示作家がいるのに個人の作品を見せてくることは失礼な気がするんだ。だからポートフォリオを見せるには、ちゃんとしたアポイントを取ってからにしてほしいね。

写真家になるためについて語る飯沢耕太郎

オープニング・パーティーなどでばったり会っても、その場で作品を見るのではなく、当日は連絡先の交換だけして、後日にアポイントを取ってから見せてもらった方が、見る側も準備ができているからありがたい。作品を見るときの頭は、通常の時の違っていて、見る側の態勢を整える必要があるんだ。見せる側はそれなりに覚悟していると思うけど、見る側も覚悟して見ている。これは僕だけでなく、ギャラリーのオーナーや編集者の人でも同じだと思うよ。"作品を見る"という態勢で見ないと、しっかりとした判断もしづらいし、意見も言いにくい。だから、ちゃんと見る場と時間を設けてゆっくり見せてほしい。

アポイントを取るためには、まず連絡先を知らなくてはいけない。連絡先を知る方法はいろいろあって、写真関係者の名簿に載っているときもあるし、誰かの紹介で知るときもある。コネやツテを総動員して、まずは見せたい人の連絡先を知ることが大事だよ。今は色々な方法で知ることができる時代だから、それほど難しくないはずだ。例えばギャラリーだったら、DMやホームページに電話番号が載っているし、雑誌だって奥付を見れば編集部の電話番号が載っている。写真家などはホームページやブログを持っている可能性だって高い。アポイントを取って作品を見てもらうことがスタートライン。たしかに緊張するかもしれないけど、思い切って電話をしたり、メールを打ったり、声をかけたり、名刺を交換したりできないと、作家として活動していくのは難しいね。積極性やポジティブさは作家活動をするには絶対に必要なこと。連絡先を知り、アポイントを取ることがポートフォリオを見せるためのスタートラインと考えてほしい。

コネは総動員

見せたいと思う相手がいて連絡を取るためには、コネやツテを総動員してもいい。見せたい人が行きそうな場所に出向いてみたり、オープニング・パーティーに足を運ぶのもいいね。写真展のオープニングパーティーや写真の賞の授賞式などは、連絡先を交換するにはとてもよい場だよ。だけど、コネを総動員しろといったけど、相手を考えない迷惑な行為はやめてほしいね。

例えば、見る側が忙しくてメールが来てもすぐに返事が出せないときもある。そんなとき何度も何度もメールが来ると、こちらも気が滅入ってしまう。あと、メールや電話でも、文章やしゃべり方も気を使ったほうが良い。馬鹿ていねいな敬語は必要ないけど、あまり乱暴な書き方も勧められない。とにかく率直に自分の意思表示を示すことが一番大切だよ。

飯の食べ方でわかる

食事の時の、ご飯の食べ方で写真家の資質がある程度わかることもあるんだ。1978年に開設した、写真を美術品として取扱う日本で最初の画廊である「ツアイト・フォトサロン」の石原悦郎氏から聞いた話なんだけど、彼のところに色々な若手作家が作品を見せにやってくる。彼は、作品や作者を気に入ると、ご飯を食べに連れて行くらしい。そのときに、あまり物怖じもせず、食べっぷりがいい人はよい写真家だと言っていたんだ。

少ししか食べられない人や、気を使って食べられない人より、ご飯を気持ちよく食べられる人間の方が強いという話を聞いたとき、なるほどと思ったね。それから僕も写真家とご飯を食べに行くときは、食べ方を気にするようになった。するとご飯の食べ方が気持ちよい人は、やはりよい写真を撮っている。おいしそうに気持ちよく食べるということは生命力の現れで、それが作品にも反映してくるんだろうね。だから石原氏が「ご飯の食べ方を見る」ということは当たっていると思う。食の細い人はがんばって胃を強くしたほうがいいかもね(笑)。写真家にとって胃が丈夫ということは大事な条件なんだろう。写真家は色々な場所に行って撮影するわけだから、胃が強くないと現地の食べ物が食べられないからね。

確信のあるもの以外は見せるな

僕は人の作品を見ることが多いんだけど「作者が確信のないまま見せている」と感じる作品が多すぎる。自分で写真の良し悪しを判断できないで、こちらに写真を選ばせるような見せ方をする人がいる。ポートフォリオを見せながら、「この写真とこの写真どちらがいいと思いますか? 迷っているから両方持ってきました」と、平気で言う人がいるけど、それは甘いよ。大事な選択なんだからまず自分自身で選ばなくちゃ。人に選ばせちゃいけないよ。

ポートフォリオレビューやゼミの講義などの講師を、著名な写真家が担当する場合もある。そのとき気をつけてほしいのは、写真家は、つい自分のスタイルに似た写真を選びがちだということ。写真家は自分の作品作りを通じてものを見るシステムが出来上がっているから、それに合わせて作品を選んで評価してしまうことがけっこうあるんだ。見せる側もその写真家を尊敬しているだろうから、写真家に選ばれると「この写真の方向性がいいんだ」と思ってしまう。すると結果的に、その写真家のそっくりな作品になることが多いんだ。学校のゼミや写真教室の展覧会などを見ると、教えている先生の作品に似た作品ばかりになっていることもけっこうある。写真家に習うのも悪いことじゃないけど、同じような作品を撮ることが自分の希望なのか、しっかり考えたほうがいい。もちろん写真家でも、広いものの見方をできる人もいるし、同じような写真にならないこともあるけどね。

僕は講評などでは意図的に写真を選ばないようにしている。最終的に写真を選ぶ作業は作家自身に委ねるということだ。自分で作品を選んで、自分の世界観を作ることが大切。選ぶことで確信が生まれ、自信になってくる。確信というのは、自分の作品に対する覚悟なんだ。それがあるかないかで作品の強さが変わってくる。確信や覚悟ができてから見せるという場に立ってほしいね。

飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)

写真評論家。日本大学芸術学部写真学科卒業、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。
『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で日本写真協会年度賞受賞。『写真を愉しむ』(岩波新書)、『眼から眼へ』(みすず書房)、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)、『きのこ文学大全』(平凡社新書)、『戦後民主主義と少女漫画』(PHP新書)など著書多数。写真分野のみならず、キノコ分野など多方面で活躍している。

まとめ:加藤真貴子 (WINDY Co.)