テグ写真ビエンナーレ2008では、展覧会以外に作家が自分の作品をキュレーターや評論家、ギャラリーオーナーにプレゼンテーションする「ポートフォリオレビュー」が行なわれた。そこでレビューアーを務めた飯沢が、これからの日本写真家の課題や、世界で活躍するために最低限必要なことについて考察する。(文中敬称略)

「韓国・中国・日本現代写真展」 韓国パート

もう1つの目玉 ポートフォリオレビュー

テグ写真ビエンナーレは展覧会が主な企画だけど、ポートフォリオレビューもとてもおもしろかった。ポートフォリオレビューとは、自分の作品をまとめた作品集を、評論家や写真家、ギャラリーのオーナーなどのレビューアーに見せて、作家自身が作品についてプレゼンテーションを行なって、レビューアーから評価を受けることなんだ。今回のテグ写真ビエンナーレでは、事前に登録して、レビューアー1人に対して15分くらい写真を見てもらうことができた。日本人のレビューアーは僕1人だけだったけど、アメリカやヨーロッパからも招待されたレビューアーがいて、ヒューストン美術館(The Museum of Fine Arts, Houston)のキュレーターであるアン・タッカーさんや、『ヨーロピアン・フォトグラフィー』という雑誌をドイツで発行しているアンドレアス・ポーラ・ミュールさんなど写真界の有名な人たちが顔をそろえていたんだ。さらに韓国のギャラリーのオーナーやディレクターも多くいて、自分のギャラリーで展覧会をやらせたいアーティストを選んでいた。彼らは金の卵を確保しようとしているから、かなり緊張感のある雰囲気だったね。

参加者の多くは韓国の人だったけど、日本からも数人の学生や作家が参加していたし、テグ写真ビエンナーレの出品作家も来ていた。出品作家もビエンナーレには選ばれて来ているけど、それだけじゃもったいないでしょう。アン・タッカーさんみたいな有名なキュレーターに自分の作品をアピールする大きなチャンスだからね。

今回のポートフォリオレビューで一番感じたことは、韓国の若い世代の姿勢が非常に真剣なことと、作品化するときのエネルギーの出し方がすごいということ。日本の若い子なんかの比じゃないんだ。自分の作品のアピールの仕方に気迫がある。自己主張が強いところはポートフォリオレビューなどではとても有利だよ。たとえば、日本でポートフォリオレビューをやるとしても、日本の若者たちは自分の作品について、きちんと言葉にすることができない人が多いんじゃないかな。

ポートフォリオレビューの初日では、手違いで日本語の通訳さんがいなくて、アメリカに留学して英語が使える学生さんに通訳をしてもらったんだ。作品を見せに来る人の大部分は、ちゃんと英語で作品を解説しているテキストを持ってきていた。中には日本語で書いたステートメントを持ってきている人もいたね。うまい英語ではないんだけど、通訳を使わなくてもちゃんと自分で、言いたいこと、やりたいことを伝えてくれた。僕も下手な英語で会話することになったんだけど、会話していくとお互いに相手に向き合おうという気持ちになってくるから、ちゃんと言いたいことが伝わってくる。作品をどうプレゼンテーションするかを韓国ではきちんと教育していると感じたね。しかも学校の中だけで作品を見せるだけじゃなく、ちゃんとギャラリーのディレクターや雑誌の編集者に見せる訓練を積んでいる。日本の学校での講評会って、けっこう和気藹々とした雰囲気で作品を見る感じで、ある意味で真剣さに欠けるから、伝える力が育っていかない。これからの日本の若い子が国際舞台に立つとき厳しくなると感じたね。

これからの写真家に必要なことは、ビジュアルイメージとして良い作品を作るのは当たり前だけど、自分の略歴とか作品を通じてやりたいこと、それを「アーティスト・ステートメント」って言うんだけど、そのアーティスト・ステートメントを少なくとも英語で書いて話せるようにならなければならないと思う。もうこれは作家としての必要条件だよ。立て板に水で英語ペラペラになる必要はないけど、とりあえず自分の伝えたいことだけはちゃんと話せないとダメだろうね。だからもっとコミュニケーション能力を高めなくちゃいけない。別に上手に話す必要はないんだよ。伝えるための最小限の英語を身につけるということだね。アーティスト・ステートメントを作るには、自分でやるのが無理なら、写真についてよく知っている能力の高い翻訳者の協力が必要になるだろう。だけど、できあがったステートメントをチェックするには、自分にもある程度の英語の知識が必要になる。だから英語に関しては本当に大切だと思う。

日本人は民族的に自己主張をするのが苦手だね。プレゼンテーションのやり方は80年代とかに比べたら、どんどん洗練されてきているけど、まだまだ弱いと思う。ポートフォリオは、作家本人と一体化して力を発揮するものだから、作品の力だけではなく作家自身の力が必要になってくる。僕はよく「本人力」って言っているけど、本人が持っているエネルギーや、作家本人の存在感はもしかすると作品以上に大切なんだ。自己主張が強ければ良いという話ではなくて、静かな坦々としたしゃべり方とか、ひと言ふた言だけでも良いんだよ。それでいて自分の言いたいことに、しっかりとした芯がなくてはいけない。コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力については、今後の日本の写真家たちにとっての大きな課題になるだろう。そういう意味では、今回参加した日本の12人の作家たちは、世界中どこへ行っても、引けを取らない個性的なメンバーとして認められていくと思うね。

テグ写真ビエンナーレ2008のカタログ

展覧会は「韓国・中国・日本現代写真展」を開催したEXCO会場だけでなく、テグ市内では韓・中・日の1930-60年代の植田正治らをフューチャーした展覧会など、多くの展覧会が開催された

メーン会場EXCOは、「韓国・中国・日本現代写真展」だけでなく、韓・中・日の古写真を集成した「100年前の写真展」も開催され、飯沢氏のコレクションである横浜写真も出品された

テグ写真ビエンナーレ2008に参加した作家と飯沢氏。左上から、野村浩さん、屋代敏博さん、高橋万里子さん、安楽寺えみさん。左下から元木みゆきさん、高木こずえさん、飯沢耕太郎氏

飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)

写真評論家。日本大学芸術学部写真学科卒業、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程 修了。
『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で日本写真協会年度賞受賞。『写真を愉しむ』(岩波新書)、『都市の視線 増補』(平凡社)、『眼から眼へ』(みすず書房)、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)など著書多数。「キヤノン写真新世紀」などの公募展の審査員や、学校講師、写真展の企画など多方面で活躍している。

まとめ:加藤真貴子 (WINDY Co.)