日本の自然写真は、第1世代、第2世代、第3世代が登場することで進化を遂げてきた。2007年の1月-2月に東京都写真美術館で「地球(ほし)の旅人 - 新たなネイチャーフォトの挑戦」と題する写真展が開催されたが、これは第4世代ともいえる若手写真家たちにスポットを当てたものだった。自然写真の最終回は、今後の自然写真について。 (※文中敬称略)

東京都写真美術館で2007年1月に開催された「地球(ほし)の旅人 -- 新たなネイチャーフォトの挑戦」より
前川貴行 「ハクトウワシ」 2002年2月」

新世代の自然写真家達

新世代の自然写真家として、2007年1月2日から2月18日に東京都写真美術館で「日本の新進作家vol.5 地球(ほし)の旅人 -- 新たなネイチャーフォトの挑戦」が開催された。この展覧会は、前川貴行、菊池哲男、林明輝の作品で構成されていた。彼らはそれぞれタイプが違っていて、前川は「動物」、菊池は基本的に「山岳」、林明輝は前田真三のような系譜の「風景」を撮っている。3人ともとても注目すべき新世代の自然写真家だ。

菊池哲男の作品は、山と都市の両方を写し込んでいて、今までにない視点だね。前川貴行はアラスカや北海道を撮影している写真家で、自然に対する畏敬の念を失わないナチュラリストの精神を持っている。前川も星野道夫のように熊に惹かれていて、長年テーマにしているね。林明輝は構図感覚が優れていて、新しい絵画的な風景写真なんだよ。しかもたんなる絵画的ではなく、非常にダイナミックな風景写真だ。

3人とも非常にいい。だけど、やはり見ていくと前世代の影響力が強くて、水越武、星野道夫、前田真三、竹内敏信を本当に超えているか? というと、ちょっと難しいかもしれない。どのジャンルでもそうだけど、大きな仕事した世代を乗り越えていくことは、すごく大変だと思う。第2世代、第3世代の人たちは、現在でも現役で仕事をしているしね。そこは大きな問題だと思う。彼らの仕事が今後どのように発展していくか、期待を込めて注目していきたいね。

前川貴行 「ホッキョクグマの親子」

菊池哲男 白馬SHIROUMAより 「夜明け」 2006年9月

林明輝 森の瞬間より 「ヒメボタル 哲多町、岡山県」 2004年7月

低迷する自然写真の現状

残念なことに自然写真のピークの時代は終わってしまった気がする。一番のピークは、80年代の後半くらいだったんじゃないのかな? 90年代から落ち込んできて、今はとても難しい時代に来ていると思う。

自然写真の衰退の原因に、その需要が減っていていることがあると思う。出版界でみると、自然雑誌全体の発行部数は1983年がピークで1262万部だった。しかし2001年は415万部まで落ちてしまうんだ。1973年に創刊した有名な自然写真雑誌「アニマ」も93年に休刊してしまい、90年代後半以降どんどん少なくなっている。だから写真を撮影しても、発表する場がなくなっているのが現状なんだ。

もうひとつの原因は機材だね。銀塩写真からデジタル写真に変わって機材が便利になっているけど、反対に銀塩フィルムが持っている深みやクオリティを継承することが難しくなっている。展覧会などでデジタルプリントが銀塩プリントと変わらないクオリティになっているのはわかるけど、写真家の側は新しいシステムに移行することにまだ戸惑っているんだと思う。その辺りが複合的に合わさっていて、現在は相対的に自然写真の勢いが弱まってしまっている気がするね。

前田真三や竹内敏信が作り上げていった、日本人の伝統的な「花鳥風月」の感覚をうまく取り入れた視覚的なエンターテイメントとしてのネイチャーフォトも、同じような作品がたくさん出てくると飽きられてしまう。今後、どのように自然写真やネイチャーフォトを活性化するかが大きな課題だろう。その実現のためには、今までにない発想が必要になってくるはず。今までの自然写真は表現の領域をどんどん拡大して、新しいものにチャレンジして作り替えることで活性化してきた。だけど最近はそれが見られないのがちょっと寂しいよね。

新しいアプローチの自然写真 畠山直哉

閉塞感を感じている自然写真だけど、僕は畠山直哉の『Underground』(2000年/メディアファクトリー)という写真集を見たとき、ある意味これは新しい自然写真だと思ったんだ。この写真集は、渋谷川という渋谷駅の下を通っている地下水道の暗渠を撮っている写真集。地下水道という誰も入ったことのないようなところまで畠山は踏み込んでいって、クールに風景として撮影していく。最初の方は自然写真と呼べないと思うんだけど、終わりの方になってくると、そこに生息している虫とか魚、鼠の死骸やカビなどの生物が写り込んでくるんだ。こういう風景や環境は今まで誰も目を向けてこなかったと思う。この写真集を見ていると、自然写真の可能性はまだあるんじゃないのかなって思うんだ。

畠山は「自然とは、人間の思惑を超えたコントロール不可能なもの」だと言っている。哲学的な意味を含めた新しい自然写真の芽生えがそこにありそうだ。だから身近なところから「コントロール不可能な」自然を発見していく試みとか、もっとあっていいと思うね。今の写真の状況は、やり尽くされたようでまだまだ未開拓の分野も多いんじゃないかな。新しい表現や発想が生まれてくる余地はまだまだあると思うね。

"Sense OF Wonder=驚異の感覚"を感じさせてくれる写真をもっと見たい。そんなふうに強く思っているんだ。

畠山直哉 『Underground』 メディアファクトリー 2000年

飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)

写真評論家。日本大学芸術学部写真学科卒業、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程 修了。
『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で日本写真協会年度賞受賞。『写真を愉しむ』(岩波新書)、『都市の視線 増補』(平凡社)、『眼から眼へ』(みすず書房)、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)など著書多数。「キヤノン写真新世紀」などの公募展の審査員や、学校講師、写真展の企画など多方面で活躍している。

まとめ:加藤真貴子 (WINDY Co.)