すごい映画を見たり、すごい漫画を読むと、ガーンとなって1、2日は頭がボンヤリすることがある。若いころは特に顕著で、その世界にドップリはまって衝撃を受けたことが何度もあった(当然、その間は勉強が手につかない)。

高校生のころに読んだ清水玲子も、間違いなくそんな大変なことにさせられた作家の一人だ。『ノアの宇宙船』『もうひとつの神話』『天女来襲』『ネオ・ドーベルマン』などの短編を読んで、頭をクラクラさせていたものだ。このころの彼女の作品は、あらゆる「切ない」をギュッと詰め込んだ話ばかりだった。

彼女の作品の特徴は、男女の性に積極的ではないところ。ジャックとエレナという、ロボットの話を好んでよく描いていたけれど、エレナのほうは、セクスレスなのだ。性別がないのに、人間の愛人をやっていたりする。主要キャラに性別を与えないあたりに、女の社会進出の過渡期にあった複雑な心理が見えるのである。現在の、異性と見ればイチャイチャしてしまう少女漫画とは、性に対する深慮さが違う感じだ。

連載中に「小学館漫画賞」を受賞した希有な作品『輝夜姫』は、『月の子』の次に発表された超大作である。彼女の作品に生物学系の話がぽろぽろ出てくるようになったなあと思っていたら、それが医学に発展したらしく、少女漫画らしからぬ壮大な設定で描かれたのが『輝夜姫』。で、もっと医学になっちゃったのが『秘密-トップ・シークレット-』で、現在連載中の硬派漫画である。大作家というのは、仕事をしているうちに激烈に絵は上達するし、話の中身も深くなっていくらしい。

で、今回取り上げる『輝夜姫』は、育ての母親に身体の関係を強いられている、かわいそうな男と見まごう麗人の晶が主人公の話である。細かく説明するとネタバレになっちゃうので、全27巻をざっくり説明すると、晶がおかしな少年・由(ゆい)と碧にさらわれて、なんやかんややっているうちに、とうとう日本に帰れなかった、という話である。話の前半はジェットコースターのように話が展開するので、ぜひ読んでみてもらいたい。細かいところを抜きにしたら、かなり男性にもオススメである。

その「細かいところ」というのは、この話に登場する女性にレズが多いことだ。晶の育ての親・障子さん、その娘・まゆ、中国人の春蘭など、晶にその気はないのに、出てくる女はみんな晶が大好き。その理由は、「男なんて、臭くてむさくて、大キライ!」だからだそうだ。臭くてむさい男性が読んだら辛いかもしれないな。

しかし、レズっ気のない自分にも、この気持ちはよくわかる。頼りになって寛容で、そして女の繊細さを併せ持つ晶のような女は、同性からめちゃくちゃモテるだろうなと思う。だって、大きな音を立ててごはんを食べたり、大きな声でくしゃみをしたり、男が「男らしい」と思っている(?)ことの大半は、女にとっては苦痛なことばかり。男のいない女性専用車両で、女がどれほど心安らかになれるかは、女にしかわからないでしょう。

男はどうやら「強くなること」に強い憧れを持っているようだと、格闘技や少年漫画を見ていると思う。でも女が望む男性像というのは、強いパンチを出すことでも、戦いに勝つというような肉体的な汗臭さではないのだ。ただ自分を理解して包んでくれる(そしてできれば金もあったほうがいい)、精神的に寛容な男なのである。

『輝夜姫』には、ぞろぞろと男性キャラが登場するけれど、特に由やミラーさんが際だってモテ役である。なぜなら彼らは強くもあるけど、主人公・晶の絶大なる理解者だから。ガサツで臭くてむさい男→女はそれを望んでない→女の気持ちがわからないからそういう男は好きじゃない、という図式なのである。故に、少女漫画の主人公には、たびたび、男装の麗人みたいなのが登場しちゃうのである。
<つづく>