私の母は、恐らく今若かったら間違いなくコギャルだろうなと思う。何よりもお洒落が大好きで、独身時代、会社は男を捜すツールとしっかり割り切って働いて(?)いたらしい。マニキュアが剥がれるのがイヤでボールペンで電話のダイヤルを回したとか、用もないのにイケメンがたくさんいる部署を書類持ってうろついたとか、彼女の仕事っぷりは実に筋が通っている。

そんな母が見つけた、誠実そうで出世しそうなイケメンの父には、なんと結婚後数年すっぴんを見せなかったと言うし、おならなどは10数年聞かせなかったそうだ。いったいどんな魔法を使ったのか。また、こんな話を聞いた。新婚の私の友人がのんびり風呂に入っていたら、夫が何かものを訪ねに風呂飛び込んできたそうだ。彼女は「キャー」と叫んで必死であらゆる大変な部分を隠したそうな。「だっていきなり入ってこられて、ああ、それはね……なんて平然と応えられないわよ」と言っており、「応えられないのか!」とその返事に驚いた。どうやったら結婚後尚そんな生娘みたいな反応ができるのだろう。

これが結婚生活かと思うと、なんだか大変そうだなーとつくづく思う。しかし「きれいにしてなきゃ」なんていう努力は、長い婚姻生活の中では、鼻くそくらい些末なことに違いない。この『花衣夢衣』は、少女漫画ではなく女性向けであるため、男女がくっつくまでのやきもきがメインではない。むしろ始まりは割とあっさり、その後、男女の仲を続ける苦悩、それから終了(別れや死別)にかなり重点が置かれている。

作者の津雲むつみは、昔っから夢のある話というよりは、現実的な話を書く人だった。つまり王子様は登場しない。レイプまたはそれに近い描写が非常に多い(念のため断っておくが、エロ漫画ではないので、この手の描写は女性の性に対する社会的意識の確認とかであって、萌えシーンではない)。主人公たちは、ダメな男たちとごちゃごちゃやりとりをし、ぐったりしている。この漫画でも美人双子の澪と真帆が、ダメ男・将士さんに翻弄されて、くたくたに疲れているのだ。

今いる世界を捨てて、新しい世界に踏み込むのには、とても勇気がいる。世界を変えた後に、それまで以上に幸福になれるかどうかの保証がないからだ。どんなに会社の文句を言っても、クビになったり倒産するまで辞めない人っているでしょう。背中を押されるまで、自分で判断ができない(したくない)場合が多いようだ(だからヲトメ萌えの「さらわれたい」は、自分で判断せずに世界が変わってくれる格好の言い訳なのである)。

真帆との仲が澪にばれて、将士さんは澪に家を追い出される。一方真帆は、罪悪感を感じながらも(本来なら澪の幸せは自分のものだったはずという気持ちもあって)、将士さんを手放せない。 昼ドラ格好のドロドロである。この話の中で、いい思いをしているのは将士さんひとりだ。澪には家を追い出され、真帆には家に帰ればなどと言われて、一丁前に不愉快なようだが、読者からすればショートケーキとミルフィーユ、どちらかを選べなくて両方食べたらおなかが痛くなった子どもみたいなもので、別段同情はしない。

「澪よ、どうして離婚しないんだ!」「真帆よ、なんでこんな男と別れないんだ!」と、話を読みながらもだえてしまうが、人は今手にしているものを離す勇気がないから(愛着もあるし)、悩んだり苦しんだりする。女にとって男との生活(や恋愛)は、かくも面倒なのかと思ってしまうのである。そこまでして一緒にいるメリットって、いったいなんなのだろう。女向けの物語には、こうした問いを投げかける話が結構ある。そのひとつが、まさにこの『花衣夢衣』なのである。

次回はもうちょっとライトに、前回、今回とイラストになった双子の母と、澪の義弟・祐輔さんについて語りたいと思う。

<つづく>