70年代、性的描写がタブーだとされてきた時代の少女漫画でも、なんだかんだいって主人公に欲情する男キャラは多かった。しかし、デイモスは違う。悪魔のくせに非常に理性的である。ウロウロチョロチョロ、美奈子の周りに半裸でくっついてるくせに、突き上げるものはないようである。なのになぜ、この漫画は少女たちに熱烈な支持を受けているのか。

いや、もちろん恋愛とかけ離れたところでのストーリーのおもしろさはある。初期少女漫画特有の荒唐無稽さ、ミステリ仕立ての構成、貧乏人と金持ち、ブスと美人の比較など、暗いテーマ。しかしそれだけではなく、デイモスが抱える苦悩が非常にヲトメ的なツボを突くのである。

美奈子にくっついてるうちに、すっかり美奈子が好きになってしまったデイモスは、美奈子を殺してヴィーナスにその身体を与えることにためらい始めてしまう。しかし、かわいそうなヴィーナスは、自分のためにまさに"腐女子"となって苦しんでいるのだ。早く美奈子を連れて行かなくては……でも、でも、美奈子ちゃん、いい子だし……と悩むデイモス。これが少女の自尊心を刺激する。

誰かが、自分のために悩んでいる……私って、そんなにすごい人なのねと。女はとにかく、

「人の男を奪ったりして、私って悪い女」
「気のない人から好かれて、困っちゃってるのよねえ」

と言って、いい子ぶってほくそ笑みたい動物なのである。ヴィーナスと美奈子に挟まれて、うんうん悩むデイモスは、少女たちにとっては非常に(都合の)いい男なわけだ。

またデイモスがむやみに美奈子に襲いかからないのは、彼がぼろ布一丁大事な部分に巻いているだけの、危険な格好をしているからだと思うが(多分な)、ここで大事なのは、デイモスはたとえセリフで「恐ろしい悪魔の姿」などと言われていても、絵的にはクールなイケメン顔をしているということである。

悪魔などの悪者に好かれて追い回される主人公というのは少女漫画によくある題材だが、その悪魔は絶対にイケメンでなければならない。主人公の女は悪魔のことを好きではなくても、彼がイケメンだから女(=読者)は気持ちがいいのだ。もしもデイモスがねずみ男みたいな顔をしていたら、少女漫画ホラーではなく、日野日出志バリのホラーである。

ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』も、少女漫画的においがぷんぷんしていていい話だが、あれも怪人がシャープなマスクをつけているから女に受けるのであって、もしも獅子舞みたいな仮面だったら、劇団四季も「これ以上動物ものはいらないか」ということになっていたに違いない。

ともかく『悪魔の花嫁』のツボは、なんといってもクールなイケメンが(半裸というオマケ付きで)自分に寄り添い、ピンチの時は救ってくれる。しかもハァハァ言って突然襲ってこないというところ。完璧だー!
<つづく>