草木も眠る丑三つ時……とある箱から漏れ聞こえる、忍び笑い。
「ぐふ……うふふふ……」
若くはない女の、押し殺した恐ろしい笑い声が、深夜の漫画喫茶に響き渡った……。ブースの中には『はいからさんが通る』を読んで、腹を抱えてもだえる三十路の女……。

いや~、久々に『はいからさんが通る』を読み返しましたが、名作です。傑作です。70年代に講談社の少女雑誌に連載されていた漫画ですが、南野陽子主演で映画(相手役は阿部寛)になったり、変な主題歌でアニメ化されたりしたので、名前だけなら知っている男子も多いことでしょう。

作者の大和和紀は、明治、大正時代の女性を描かせたら天下一品の漫画家。そして『はいからさんが通る』の人気の理由は、やっぱりその時代にあったようです。70年代、『ベルサイユのばら』の回でも述べたように、女性の社会進出を目前に控え、女たちがもがき苦しむ時代でありました。

それが、明治維新で社会の大変動が起きた時代と大正デモクラシーな時代が、70年代の女性の葛藤とガッチリマッチしたのでしょう。「戦え、女たち!」みたいなノリの話が70年代、初期の少女漫画には非常に多く、またそれらがかなりの支持を受けております。『はいからさんが通る』もそのひとつ。

このお話は、大正時代、軍人の娘として生まれ、剣に秀でたお転婆娘、紅緒さんが主人公。彼女は、酒乱で働く女で家事裁縫がまったくできない、当時のオンナというものを真っ向から否定したキャラクターである。こういうのは70年代の少女漫画の主人公の典型ですな。

ちょっと変わってる、女らしくない女が、それ故に珍しくて男にモテるというのも、また少女漫画ではよくある話。そのおかげか、自分のことをかわいいと思っている見た目かわいくない女とか、オタクにしかモテないんだけどいい気になってる女とか、周囲ドン引きの不思議ちゃんとかが増産されたように思います。いつの時代も、男女問わず、客観的視点というのは大事ですね……。

それはいいとして、その紅緒に突然降って湧いた見合い話。ドイツ人ハーフのイケメン、少尉との縁談である。知的で柔らかな物腰、気が利いて優しく、武道にも優れて……カンペキじゃねーか! こんなの読んで育ったら、男という生き物がこれほどにデキがいいと思ってしまうよ。

ハーフのくせに帝国軍人で少々ロン毛気味、お公家のお血筋で高身長高学歴(多分)。いくらこれが少女の理想の男だと言っても、一般男性には遠いお国のお話でしょう。しかしご安心を。一般庶民男性が参考にできることだってあるのです。それは次回にゆっくりと……。
<つづく>