【コラム】

ソーシャルデザインとしての音

6 大音響は海峡を越えるのか? - 50年前の"でっかい"プロジェクト

    湯浅顕人  [2009/02/06]

    スピーカーはどこまで大きな音を出せるのか

    スピーカーで大きな音を出せば、人間には無理な距離にまで音声を伝えることができる。では、途方もなく遠くまで音が届くようなスピーカーを作ることもできるのだろうか? その場合、いったいどのくらい遠くまで届くものなのだろうか。

    そんな、単純ではあるが答えの出しづらい疑問に、今からおよそ50年も前に挑戦した人たちがいた。それは、本稿でもおなじみ「TOA」(当時の東亞特殊電機株式会社)の技術者たちだ。今回は「でっかいスピーカーで、でっかい音を出す」という、まことにわかりやすいプロジェクトの話をしよう。

    「海の向こうに声を届けたいのですが」

    それは、もちろん趣味でやったわけではない(そういうことをしそうな人たちではあるのだが)。

    ことは、ある組織から「海峡を越えた隣国まで届くように音を鳴らしたい」という依頼があったことから始まった。詳しいことはわからないが、なんと国家レベルの依頼とのことだから、対立する隣国へのプロパガンダ放送的なことに使おうとしたのかもしれない。

    相手国の海岸までの距離は、最短部分で5kmほど。つまり、少なくともそれ以上の距離まで音が届く設備が必要ということになる。

    本当に作ってしまった巨大スピーカー

    音を遠くまで届けるには、トランペットのように口先の広がった筒状のスピーカーを使えばいい(「第2回 アナウンスは聞こえる? こんなに難しいスタジアム音響の世界 - 前編」も参照)。

    実はTOAは、1934(昭和9)年の創業当時から、トランペット型のスピーカー「トランペットホーン」を製造・販売していた。

    当時TOAが製造していた、トランペットホーン型スピーカー(TOAの資料より)

    その実績を見込まれての依頼かもしれないが、とにかく前例のない距離だ。そこでTOAの人たちは考えた。

    「とりあえず作っちゃえ」(まだ正式受注もしてないけど)

    そしてできあがったのは、こんなスピーカーだ。

    全長6.6m。口径3.3m。このスピーカーを2本製造した(TOAの資料より)

    開口部。思わず中に入ってしまいたくなる気持ちもわかる(TOAの資料より)

    大きいにもほどがある。これはもう、「機器」ではなく「建造物」だ。

    トランペットホーン型スピーカーは、根本に音の出口である「ドライバユニット」(現在TOAで販売しているドライバユニットの例)を取り付けて使う。かなり大きなスピーカーでもドライバユニットはひとつであることが多いが(「DH-40]」など)、この巨大スピーカーには、なんと16個ものドライバユニットが取り付けられている。

    十分な資料を揃えることはできなかったが、これはおそらく世界最大のストレートホーンスピーカーではないだろうか。

    さて、スピーカーを鳴らすためには、「パワーアンプ」も必要になる。スピーカーが大きな音を出すためには、空気を強く振動させる必要があるから、それだけ大出力のパワーアンプが必要だ。そのため、パワーアンプも専用のものを作る必要があった。

    巨大スピーカーを鳴らすためのパワーアンプ。出力は4200W(TOAの資料より)

    この「棚」のような大きな塊が、ひとつのアンプになっているのだ。つまり、写真は2台のアンプということになる

    出力4200Wといってもピンとこないかもしれないが、個人向けのパワーアンプの出力が10~500W程度であることを考えると、そのすさまじさがわかることだろう(※)。

    ※軽トラックにトランペットスピーカーをつけた「ちり紙交換の車」のアンプが10W程度(大きいものでも40W)。サイズは、カーステレオの1DIN(幅180mm×高さ49mm)サイズ。

    さあ実験だ! なにもかもが常識外れ

    実物が完成し、いよいよ実際に音がどのくらい遠くまで届くかの実験をすることになった。1962(昭和37)年7月のことである。しかしあまりにも巨大な音響設備であるため、実験には数多くの困難が伴うことになる。

    そもそも、どこで実験をするかだ。屋外で行なうのは当然として、何キロも届く音を出しても大丈夫な場所となると、そうそうあるものではない。

    そこで技術者たちが選んだのは、「海峡」や「山」だった。つまり、スピーカーを海岸から沖合の島に向けたり、山頂から平野部に向けたりして音を出すということである。

    第一回目の実験には、兵庫県・明石市住吉公園が選ばれた。ここから、対岸の兵庫県・淡路島に向けて音を鳴らそうと考えたわけだ。

    しかし、そこまでアンプとスピーカーを運ぶのも簡単ではない。上の写真にあるように、とにかくにもアンプはトラックの荷台に納まった。しかしスピーカーは6m以上もあるため、2tトラックでも荷台に載りきらないのだ。それを2本運ばなければならない。

    輸送中の風景その1。ダメじゃないかこんなところに停めちゃあ……じゃなくて、載せてるものが完全にダメだろうという感じ

    輸送中の風景その2。YouTubeにありがちな「ロケットエンジンを搭載したトラック」ではない

    2トントラックが小さく見えるほどである。道路交通法を確認するまでもなく、このままでは違反になるのが明らかだ。そこで実験のたびに、事前に警察の許可を取らなければならなかった。

    さらに、計測の問題がある。「どこまで届いたか」をどうやって測るかということだ。意外にもこれは単純で、「人間が耳で聞きながら移動する」という方法を採った。あらかじめ音が届きそうな場所に人を配置しておき、音を出す。そして、音源から離れる方向に移動しながら、「まだ聞こえる」「聞こえなくなった」といったやりとりを無線で行なったのである。単純とはいえ、淡路島に渡らなければならないのだから楽ではない。

    さて実験! だが思わぬトラブルも……

    さまざまな苦労を経て、ついに実現開始。淡路島で観測者が待機を完了すると、本州神戸の住吉公園から大音響が放たれた。さまざまな条件を試すために、放送の内容は「アナウンス」「音楽」「信号音」と数種類を使用している。

    ……聞こえる! 結果は大成功。本州の海岸から出した音は、みごと海峡を隔てた淡路島まで届いたのだ。ちなみに住吉公園から対岸の淡路島までは、最短部分でも約11kmもある。

    このとき、喜びにわく技術者たちのもとに駆けつけてきた集団があった。成功の噂を聞きつけていちはや祝福に駆けつけた人たち……ではなく、なんと消防署員。実は「大音量の音を鳴らす」ことについてはどこにも届け出をしていなかったため、驚いて駆けつけてきたのである。

    たしかにトランペットホーンは、先端を向けた方向にだけ音が飛んでいく「指向性」が高い。とはいえ、何キロも先まで届くような大音量を鳴らしたら、それはスピーカーを向けていない周囲全体にも聞こえて当然だ。アナウンスだの音楽だのが、いきなり大音響で聞こえてくる。しかも、遠すぎてどこで鳴らしているのかわからない。これはびっくりするだろう。

    ちなみに、当然ながら「音を鳴らす側」の技術者はスピーカーのすぐ近くにいた。音が直撃しない位置に退避して耳栓をしていても、気が遠くなるほどの大音量だったという。

    結果、消防署にはこっぴどく叱られた。これに懲りて、次回からは申請をして行なうようにしたとのことだ(懲りてないような気もする)。

    「この音、ずーっと遠くのあの山から聞こえてます」

    実験は、このときを含めて計4回行なわれた。TOAの資料によるとその内容は次の通り。

    • 第1回:1962年7月 明石市住吉公園から淡路島に向けて
    • 第2回:1962年8月 明石市東松江海岸から淡路島に向けて
    • 第3回:1962年8月 比叡山山頂から琵琶湖(野州平野)に向けて
    • 第4回:1962年11月 比叡山山頂から琵琶湖(野洲平野)に向けて

    「本州から淡路島」の次は「山頂から平野部」という、これまた常識外れな実験を行ない、このときも成功している。平野で待機していた技術者は、音が聞こえてきたとき近くにいたおばちゃんに「この音はあの比叡山の山頂で鳴らしているんですよ」と言ったが、なかなか信じてもらえなかったとのことだ。

    確かに、はるか遠くの山頂などただでさえ霞んで見えるくらいなのに、「そこに置いてあるスピーカー」が見えるわけもない。そのスピーカーから出た音が聞こえるといっても、にわかには信じられなくて当然だ。

    試しに、野洲平野のある地点から、約11km離れた比叡山(大比叡)山頂を見たときの立体図(下図)を描いてみた。実際には建物などがあるのでこの通りに見えるわけではないが、「はるか遠くの山」であることはわかるだろう。

    「おばちゃんおばちゃん、この音な、あっこで鳴らしとんのやで」「うそつけ!」(会話は想像です) ※DAN杉本氏作「カシミール3D」と国土地理院発行「数値地図50mメッシュ(標高)日本 II」を使用

    比叡山から約12kmの地点。琵琶湖を越えて音が届く……(想像上の)おばちゃんが信じないのもうなずける

    結局、いったいどこまで届いたのか?

    このときの実験では、なんと最長で12kmまで届いたのを確認できたそうだ。

    12kmがどういうものかは、身近な地名で12km離れた場所を考えてみるといい。Googleマップの「距離測定ツール」などを使うと便利だ。

    一例を挙げると、たとえば東京・渋谷のハチ公前から羽田空港くらいである。飛行機のエンジン音がいくらうるさいといっても、渋谷で羽田空港の飛行機をうるさいと思ったことはない(建造物などによる遮音の影響もあるが)。12km離れたところから音が届くというのはそういうことなのだ(もちろん飛行機は移動するので、飛行ルート次第では空港から2~30km離れていても飛行機の騒音にさらされている地域がある)。

    結局発注されることはなかったが……

    こうして実験は成功した。ところが、肝心の受注は結局、技術的な問題もあり、最終的には採用に至らなかった(※)。だからこの実験はムダになってしまったのかというと、そうでもなかった。実験の過程で、超大型の音響設備を作成するためのノウハウが豊富に蓄積されたからである。

    ※音を長距離で届くようにするには、風向きや気温、地形などの諸条件が関係しているため、実用で安定的に使うには当時の技術では難しい点があった。

    その後、TOAではドライバユニットを多数連結したスピーカーや、大出力のパワーアンプを製造しているが、そこにも当時の実験の成果が数多く活かされているのだ。

    そして現在、TOAはまたしても「遠くまで音が届くスピーカー」を製造したという。同じことをするスピーカーでも、50年後の最新テクノロジーを駆使して設計するとどんな形状になるのか? そしてその性能は? それは正式な発表があったらお伝えしよう。

    取材協力:TOA株式会社

    1934年創業、業務用音響機器と映像機器の専門メーカー。業務用音響機器とは、駅の案内放送、校内放送やホール音響など、公共空間で使用される拡声放送機器、業務用映像機器とは、防犯カメラやデジタル録画装置などのセキュリティ用途の商品を指す。1954年、「電気メガホン」を世界初開発、選挙用のマイク装置で事業の基礎を築く。現在では、音の入り口のマイクロホンから、音の出口のスピーカーまでのシステムを取りそろえ、あらゆる公共空間で事業活動を行なう。企業哲学は「機器ではなく音を買っていただく」。企業サイトはこちら
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