EC系新興企業が急成長を遂げ始めて以来、既存小売業各社の経営陣からは「EC事業を伸ばす」といった言葉が並び続けています。さらに、ここ数年は「オムニチャネル」というキーワードのもと、米国を中心に既存の実店舗中心の小売業がECを伸ばすことに成功したことで、この意気込みを語る経営陣はますます増えているように感じます。

しかし、本当に業績へ影響を与えられるほどのEC事業を持つことができている企業は、残念ながら日本においてほとんど存在しません。今回は、「なぜ、既存小売業はECでは勝てないのか」について「組織構造」の観点で論じてみたいと思います。

2000年代、「EC事業部」が急成長を支えた

ECが発展していくことに対応するため、2000年代に小売・流通業各社は「EC事業部」を立ち上げました。その際、多くの企業はEC事業を新事業とみなし、店舗事業と並列関係に置いて独立した運営を求める事業部制(あるいはそれに準ずる体制)を敷きました制を敷きました。

このような事業部制は(当時意識していたか否かは別として)、素早い意思決定や専門人材の育成を促すことができるため、新しい事業を立ち上げたいときには有効な組織構造といえます。実際、2010年時点で160億円規模のEC売上を達成したマルイをはじめ、いくつかの小売流通業は新興企業では得難い仕入れ能力を大きな武器として急成長を遂げました。

しかし、市場が成熟するにつれて、ECを出自とする新興企業も仕入れ能力を強化し、相対的に小売・流通業の強みが低下し、多少の商品の充実では勝てなくなってきました。

2010年代、事業部制が成長阻害要因になり始めた

EC事業部はその組織構造上、前述のような強みを持つことができると同時に、並列関係にある店舗とは組織構造上の「競合関係」に陥るというデメリットを抱えています。実質的に別会社のような関係となるため、自店舗の業績だけで評価される店舗の担当者は、よほどのお人好しでないかぎりECに客が流れるのを嫌い、少なくとも積極的な協力は行いません。

小売業においてこの競合関係がもっとも顕著に現れるのが「仕入れ」です。

EC事業部の担当者は店舗の担当者と同様に社内バイヤーや仕入先を巡って、EC専用の在庫を取り揃える必要があります。その際、店舗担当者はECに人気商品を奪われたくないため奪い合いが発生します。

そして、ECサイトは仕入先からも一般的に「売り場としてのランクが低い」とみなされているため、この勝負に勝てることはほぼなく、まともな商品を並べることが至難の技となります。(同じブランドであっても売り場ごとに品揃えが異なるのは、店舗間でもこのようなランキングがあることが一つの要因です)

この結果、多くのECサイトは本来その会社が持つ仕入れ力からすると明らかに魅力の劣る商品ラインアップしか並べられない状況に陥ります。

前述の通り、ECの黎明期は新興企業が仕入れ力に乏しかったため、担当者の能力次第で成長することができたわけですが、市場が成熟するにつれ魅力ある商品を並べられるようになり、中途半端な商品ラインアップではデジタルスキルに勝る新興企業各社に勝てなくなってきてしまいました。

例えば、百貨店のECサイトでファッションを売ろうとしても、既にZOZO TOWNに仕入れで追いつかれてしまっています。また、デジタル上での集客や接客(Webサイト構成)では勝てないため、担当者の能力云々ではなく、構造として勝てない状況になっています。さらに、Winner Takes Allの性質を持つデジタルの世界では、一社が突き抜け始めると追いつくことはもはや絶望的です。

こうなると、EC事業部は「大企業のなかにいることによる強み」がなくなり、単体で勝つことはゼロからベンチャーを立ち上げることに等しくなってきます。これは私の感覚値になりますが、外部から野心溢れるエース級人材とリスク資金を集められるベンチャーと、社内からしか集められない大企業の事業部を比較した場合、やはり大企業は構造上不利にあると考えています。

実際、黎明期には成長することに成功した小売・流通業のEC事業部も現在は苦戦が続いており、閉鎖する企業も出てきています。前述のマルイは2010年まで健闘していたものの、その後伸び悩み、今ではZOZO TOWNに圧倒的な差をつけられてしまっています。(それでも有店舗小売ではトップクラスですが……)

マルイは成長しきれずZOZO TOWNに差をつけられてしまった

このような状況を打開するためには、競合関係を解消し、自社が持つ強みを全面的に活用しなければならないわけですが、各社苦戦を強いられています。

協業を目指すものの掛け声だけでは実現ができない

近年、多くの小売業の経営陣は「オムニチャネル」のキーワードを掲げて、社内に「店舗とECの協業」を指示しています。ただ、実際にこの指示に対応して協業が促進できている企業は極めて少なく、掛け声倒れに陥ることがほとんどです。

<主な失敗パターン>

A : 各関係部門に「店舗とECの協業」を指示
店舗の協力を得たいEC事業部は経営陣の声を御旗に店舗に協力を仰ぐものの、店舗側は相変わらずメリットを見いだせず、事態に大きな改善は生まれない

B : EC事業部を「オムニチャネル事業部」に改称
名称としては協業を推進することになるが、責任や権限があまり変わらず、実質的にはEC事業部と大差ない状況に陥る。専用の担当者を入れても大きな改善にはならない

C :社長直下や営業部の中に「オムニチャネル推進部(室)」を新設
担当者は責任感を持ってコンサルなどを雇って絵を描き、各関係部門を連携させるための会議体は持ち始めるが、組織の権限が不明確なため、既存の実務部隊(店舗やEC事業部)を動かすことができない(責任はあるが権限がない)


上記の通り、私が見ている限りでは、経営陣が掛け声を発したり、有能な担当者を入れる程度では協業が始まることはありません。どこの企業でも同じような事象が発生していることを鑑みると、これはEC事業部の力不足や店舗運営側の理解不足(ソフト面)ではなく、組織構造(ハード面)に問題があると結論づけてよいでしょう。

小売業に限らず、掛け声と組織構造が合致しないケースは意外に多いように感じます。特に、「責任は投げる一方でその達成に必要な権限や人材は用意しない」ケースは非常に多く、その場合は、渡された責任全てを達成することは不可能になります。そのため、「達成しやすいこと」を優先せざるを得なくなり、「会社がやるべきこと」から乖離していってしまう原因になっているように思います。

このような状況を鑑みると、協業を促進するには、「目標を追っていると自然と協業が促される仕組み」を実現することが必要不可欠といえそうです。

協業を実現するには組織構造の再編が必要不可欠

協業を実現するための組織構造を考える大前提として、ECは本来「事業ではなく、売り方の一つに過ぎない」ということへの理解が必要です。つまり、店舗販売とEC販売では事業としての価値に差異はなく、結果的にどの販売網を経由したかに過ぎない、ということです。(その意味で、個人的には「EC市場」という呼び方は今後不要になってくると思っています)

協業を促進するには、この基本理解に基づく組織構造を描くことが大原則となります。最適な解は各社各様となりますが、あえて一つの例を記載すると……

▼店舗運営・販売部門
店舗業績とECへの業績貢献の合算値を目標値として、店舗の整備・運営に権限を有する。結果的に、店員がEC業績貢献を目指した各種活動を実施するようになる

▼EC運営・販売部門
EC業績と店舗での販売に貢献した売上の合算値を目標値として、ECサイトの整備・運営に権限を有する。ECでの販売だけでなく、店舗への貢献に寄与することを目指した各種活動を実施するようになる

▼販促・CRM・CS部門
LTVを目標値として、店舗・EC双方の販促・CRM・サポート機能の整備・運営に権限を有する。販売チャネルを横断した顧客接点の整備を実施する

▼MD(≒仕入)部門
仕入れた商品全体の売上・利益を目標値として、何を仕入れてどこに納品するかに対して権限を有する。チャネル特性を鑑みて商品別に最適な売り方や、販売支援方法を検討するようになる

▼物流管理部門
物流の適切な運営(コスト・機会損失など)を目標として、各種物流の仕組みを整備・運営することに権限を有する。販売チャネル全体を俯瞰したうえで物流の仕組みを検討するようになる

※商品製造は行わず、すべて仕入れを行う業態を前提としています
※直接的に販売に寄与する部門に限定して記載しています


上記は、私が実際にいくつかの協業が上手く促進され始めている各社を参考に記載している一つのケースとなります。例えば、EC事業の売上目標を撤廃し、店舗業績の最大化を狙う考え方もありだと思います。今回は文字数の関係でかなり概要レベルの記載となってまい、かつ、賛否があると思いますが、議論の叩き台となっていれば幸いです。

今後は店舗がECを積極活用するようになった企業が成功する

過去においては、実店舗出自小売業にとってのECは活用したいが充分に対応しきれない鬼門でした。しかし近年、お客様がオムニチャネル化したことで、ECでの購買における実店舗の存在意義は高まってきており、今はむしろ改めて成長する機会が到来したと考えることができます。

この機会を逃さないためには、店舗とECが協業し、自社の力を全面的に活用した店舗・ECの展開を目指す必要があります。今後は各社がどのように協業を実現してEC出自小売各社に挑んでいくのか、推進役として研究を重ねると共に、一人のファンとして楽しみに見ていきたいと思います。

執筆者紹介

伊藤 圭史

Leonis & Co.共同代表
および トランスコスモス オムニチャネル推進室 室長

上智大学卒業後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現 : 日本IBM)に入社。2011年12月、オムニチャネルに特化したシステムとコンサルティングサービスを提供するLeonis & Co.を設立する。その後、オムニチャネルの専門家として通信会社や百貨店、電鉄などさまざまな企業を支援。現在は、トランスコスモスグループのオムニチャネル推進支援サービスの中核企業としてオムニチャネルマーケティングシステム「OFFERs」の提供を主軸とした展開を行っている。